子供たちも寝たし、さて自分もそろそろ寝ようか、とクロウが薄ら暗い廊下を移動していると、誰かが小さく咳をした。
各部屋にドアなんか無いから、灯りの揺れる部屋を無造作に覗く。
鬼柳だった。
少し傾いた椅子に座って、紙を前に何やら難しい顔をしている。
次の作戦案でも練っているのだろうか。
「なんだ、風邪か?」
声をかけると、振り返った鬼柳は、握っていた鉛筆を机の上に転がして言う。
「ちっと喉イテえわ」
そんだけ、と事も無げに言う。
そんな風に簡単に言うけれど、サテライトではたかが風邪でも命を落とすような事態になることも多い。
クロウは近づいて、座ったままの鬼柳の額に自分の額を合わせた。
「熱はねえみたいだな」
風邪の初期症状と言ったところか。
だが、顔が赤い気がする。
やっぱり熱があるのだろうか。
「早く寝ろよ、どうせ情報待ちだろ」
次の地区を攻略するためには、もう少し情報が欲しいと、鬼柳自身も言っていたはずだ。
「ああもう寝るって」
促すと机の上に広げていた紙を手早く片付けて立ち上がる。
クロウはポケットの中に飴玉があるのを思い出した。
「喉痛いなら舐めとけよ」
ポケットを探って取り出した飴を、放ってやる。
難無くキャッチした鬼柳はしげしげと手の中の飴を見て言った。
「クロウのポケットは何でも入ってるなぁ」
緩んだネジを締めたいと思うとドライバーが出てくるし、ちょこっと出てる糸とか鋏出してすぐ切ってくれるし、絆創膏なんて何時でも出てくるし。
そんな風に鬼柳は言うが、何でも入ってるなんてことは無い、たまたまだ。
尤も子供用に絆創膏と飴玉はほぼ常備しているが。
「なんだそら。ネコ型ロボットかオレは」
感嘆の言葉を漏らす鬼柳にクロウは言う。
「ああ、四次元ポケットってヤツな」
すぐに思い至ったらしく鬼柳がそう返す。
未来の世界のネコ型ロボット。
何処から流れてきたのか運良く手に入った子供向けのアニメビデオを、昼間子供たちと見ていたのだ。
あのアニメが放映されていた頃から比べれば、確実に今はその『未来の世界』な筈なのに、この街はむしろ取り残されているようだ、と思う。
実際にあんなロボットが居たらいいかもしれないが、現実には存在しない。
「あいつ、最初は黄色かったらしいな」
「へえ」
無駄なことを何故か知っている鬼柳がネコ型ロボットのネタをくれた。
どうも黄色、という処から鬼柳はクロウを連想しているらしい。
「なんでもネズミに耳を齧られて泣いてたら錆びて塗装が剥げちまったらしいぜ」
「へええ」
そういえばネコ型ロボットとか言う割には耳が無い。
今度ビデオを見る時に子供たちにも教えてやろう。
「耳を齧られたら、ねえ」
ロボットの耳を齧るなんてネズミも相当腹が減っていたらしい。
ネコ型ロボットよりも齧ったネズミの方が自分に近い気がする。
未来から来た頼れるネコ型ロボット。
それは鬼柳の方が似合うんじゃないだろうか。
自分たちの前に現れた救世主。
救世主、という呼び名は大袈裟かもしれないが、この街で目的もなくただ生きていた自分たちにサテライト統一という大きな目標をくれた、目指す道を示してくれたのは確かだ。
しかし濁声で喋るネコ型キョウスケを想像してみたらかなり笑える。
そんなことを考えていたら、鬼柳が立ち上がった。
「試してみていいか?」
「は?」
「齧られたら青くなるか」
何を言い出したのか、理解する前にかぷり、と耳を齧られた。
「・・っぎゃあっ!!」
ついでのように舐められて、自分でも吃驚するほどみっともない悲鳴が口から飛び出す。
その声に敵の来襲かと遊星とジャックが起きだしてきた。
「どうした鬼柳」
遊星が問う。
鬼柳はへらりと笑って答えた。
「青じゃなくて、赤くなった」
もちろん、殴ってやった。
この救世主は俗物すぎる。
END
京クロ
満足組時代
京介は無駄なことはたくさん知ってそうなイメージ
しかし実際京介はネコ型ロボットじゃなくて
ノビタの方だったと思います(笑)