今日、出発すると聞いてた。
出発前には連絡を入れるとも。
それなのに何の連絡も無く日が暮れようとしている。
京介は何かあったのか、此方から電話してみようか、どうしようかと、部屋の中で落ち着かなくうろうろしていた。
この間、突然やって来てクロウは言った。
海外のリーグに参加して、プロになる。
それは相談でも報告でもなく、宣言だった。
クロウがそう決めたのなら、止める術など無いのだ、とわかっている。
羽のある烏を地面に縛り付けておくことなど不可能だ。
「・・寂しくなるな」
其れでも、つい漏らした本音に、クロウは言った。
「別に二度と会えない訳じゃねえし。ガキ共に会うついでにこっちも来るし」
「ついでかよ」
クロウの言葉にわざと拗ねて見せる。
「遊星はシティに残るって言うし、いつでも帰って来れるっつーの」
何でもない事のようにクロウは笑う。
言っておきながらしばらくの間は其れが無理なこともわかっているのだ。
向こうへ行ってプロとしての基礎を固めるまではそうそう帰っては来れないだろう。
そうは言っても『嘘はつかない』がモットーのクロウだ。
さっさとランクを上げて自由に帰って来れるようにするだろう。
遊星。
その名前がほんの少し引っ掛かったけれど。
「馬鹿みたいな寂しがり屋も居るしな」
珍しくクロウから抱きついてきたので其れは考えないことにした。
すっかり日も落ちてニコ達も寝た頃、聞きなれたDホイールの音がして、京介は表に飛び出した。
其処には思った通りブラックバードがあった。
メットを取ったクロウが片手を上げる。
「よお」
「よお、ってお前、今日出発って言わなかったか」
「おお、シティはな」
他のメンバーの都合も合わせて、今日シティで皆と別れて来たのだという。
成程、今日出発する、とはそういう意味だったらしい。
京介は聞いた。
「・・・向こうへは?」
「明後日」
クロウは笑った。
「だから其れまで此処にいていいだろ?」
勿論、否は無い。
冷えた指先をとって、部屋の中へ誘う。
腹が減ってるだろう、と問うと、減っていないと言う。
そう言いながら繋いだ手を解こうともしない。
少しでも長く触れていたい、まるで時間を惜しんでいるかのようだった。
この間自分でいつでも帰って来れるなんて言ったくせに。
寂しい、なんてうっかり口にしたが、クロウも京介以上に本当はそう思ってくれているのだ。
だから、皆と別れた後、此処へ来てくれたのだ。
自分の寝室へ連れて行って、鍵をかけた。
いつもなら此処でひとつやふたつ文句も言いそうなものだが、今日は大人しい。
思わず笑うと、此方の考えていることが分かったのか、クロウは小首を傾げて聞いてきた。
「らしくねえ?」
「たまには素直なのも可愛い」
「たまにはってなんだよ」
てい、っと飛んできた拳を避けて抱き寄せる。
腕の中に収まったクロウは抵抗はしなかった。
けれど口で反抗する。
「オレは何時だって素直だぜ」
素直、というにはちょっと違う気もするが、自分に正直という点で、まあ嘘ではない気もする。
ハッタリはかますが嘘はつかない鉄砲玉のクロウ様健在、と言ったところか。
笑う京介が気に入らなかったようで、ぺち、と頭を叩かれた。
まだ何か言いそうな口をゆっくり塞ぐ。
上着を脱がせて、その辺に落とす。
後で拾えばいい、畳んだりかけておいたりする余裕はない。
アームウォーマーを取って、ふと違和感を感じた。
確か此処に、痣があった、筈。
「・・・なくなっちまったのか」
「おう」
皆と別れるときに赤き龍が来て回収してった、とクロウはさらりと言った。
「まあ正義の味方とかガラじゃねえからな。ちょっとすっきりしたわ」
何も無くなった腕を見せてクロウが笑う。
「・・そうか」
ホッとしたような、そうでないような。
言葉の端に其れが滲んでしまったのだろう。
「何だよ?」
何か言いたいことがあるならさっさと言え、と鉄砲玉が急かす。
はっきりしないのが嫌いなのだ。
其れはわかっているのだが、あまり言いたくない。
「いや、その、クロウの痣は元は遊星のだったろ」
もごもごと言い訳を探してみたが、結局上手いものが見つからなかった。
クロウは、だから何?という顔をしている。
多分、全然わかってない。
スイマセン、妬いてました。
そりゃ妬くだろ、口を開けば遊星遊星て。
絶対に切れない幼馴染の絆にこっちがどれだけヤキモキしていると思ってるんだ。
開き直って白状する。
クロウはげらげら笑った。
「ばあか!!」
髪の毛を掴まれてぐい、と引き寄せられる。
引き寄せられるまま顔を近づけた。
「ホンっと馬鹿で寂しがり屋で手のかかる奴!」
唇の触れる寸前、笑いながらクロウはそんなことを言う。
「ごめんね」
京介も笑ってそう返す。
嘘はつかない鉄砲玉のクロウ様、其れが嫌だなんて一言も言わないから気にしない。
END
京クロ
皆と別れた後、京介のとこへ行ったよ!という妄想。
手がかかる寂しがり屋で面倒くさい男だけれども
クロたん世話焼きだから全然平気。