■秘密だ(京クロ)■


駄目社会人京介×保育士クロたんのシリーズ
遊星たんの語りによる昔話
遊星たんは引っ越しの片づけを手伝いに来てくれました。







今までの話はこちら
>大丈夫だ




クロウの母親は自宅でピアノ教室を開いていた。
親同士が仲が良かったこともあって、オレもジャックも、その教室へ通っていた。
尤も、良い生徒だったかというと正直そうでもない。
ジャックはピアノの影に自身が隠れてしまうよりも、舞台の中央に出て、スポットライトを浴びたい性質だったし、オレはピアノを弾くよりも、あの楽器が何故鍵盤を叩くと音が出るのか知るために、分解してみたくて仕方なかった。
とにかく、オレ達はピアノを習いつつ、外で家で一緒に遊んだ。
まるで兄弟か家族のように、何時でも一緒だった。
月に1度か2度、クロウの母親が出掛けて行くところがあった。
あとで知ったのだが、其処は児童養護施設、所謂孤児院という処だった。
此れも後で知った話なのだが、其処の創設者のマーサは、母親の遠縁だったらしい。
そんな縁でボランティアで其処の子供たちにピアノを教えていた。
オレたちはそんな事情を知らないから、其処に居る子供たちは皆マーサの子供なのだと思っていた。
一緒に行って、ピアノを弾き、皆で遊ぶ。
教会を改築したというホールの、窓の綺麗な色付きの硝子がオレ達の気に入りだった。
そうして最後は皆でクロウの母親の伴奏で「グロ〜〜〜〜〜リア〜」という歌を歌って終わった。
「荒野の果てに」という讃美歌であると知ったのもずいぶん後のことだ。
クロウの母親はピアノの先生らしく、オレたちに楽譜をコピーしたものを渡して弾けるようになってね、と言った。
そんな日が続いたある日、それは突然やってきた。
真っ黒い服を着た大人達が大勢いるところに連れて来られて、大人しくしているよう言い渡される。
見ると、大人たちに囲まれてクロウは不安気に視線を彷徨わせていた。
泣きそうだ。
オレは大人たちの隙間を縫ってクロウの側に行き、其処から連れ出した。
可哀相に可哀相にと繰り返される大人の言葉が当時はまったく理解できなかった。
ただクロウに伸ばされる黒い大人たちの手が怖かった。
とうとうべそべそしだしたクロウに釣られてオレが泣き出すと、ジャックが飛んできて世話を焼いてくれた。
そうしてただひたすら二人でジャックの服の裾を握りしめて黒い手から隠れていた。
その後、クロウは居なくなってしまった。
ジャックはクロウは親戚に引き取られていったのだと言った。
もちろん当時はその意味がわからなかったから、何時帰ってくるのかとしつこくジャックに聞いた。
何時でも一緒だったから、クロウが此処に、オレ達と一緒に居ないことがどうしても納得できなかった。
毎日、クロウの家まで行って、玄関先で待つ。
マーサの所にも出掛けた。
ジャックは怒ったが、そのうちにオレの気が済むまで続けさせる気になったらしい。
付き合って、一緒に居てくれるようになった。
そうして何カ月も過ぎて、もう帰って来ないのだと、クロウとはもう会えないのだと、諦めかけた頃、突然クロウは戻ってきた。
マーサの所に。
今ならそれがどういうことかわかる。
ようするに、親戚をたらい回しにされた揚句、施設に預けられたのだ。
だけど当時はとにかくクロウが戻って来てくれたことが嬉しかった。
また一緒に遊べるのだと思った。
しかしクロウは以前とは全く別人のように暗い子供になっていた。
部屋の隅に蹲って、声を立てないようにして、じっとしている。
学校にも来ない。
明るくて、元気で、何か始める時は一番に飛び出して行ったクロウは何処へ行ってしまったんだろう。
悲しかった。
それでもオレはしつこく学校帰りにマーサの所へ寄った。
クロウの側に座って時々話しかけ、クロウがまた元気になってくれるのを待った。
先に切れたのはジャックだった。
オレと一緒に来たジャックは、相変わらず黙って縮こまっているクロウに、堪忍袋の緒が切れたらしい。
ジャックの堪忍袋の緒は基本的に短い。
ジャックはいきなり自分のランドセルの中身を床にぶちまけた。
その中から一枚、紙を拾うと、クロウの腕を掴んで無理矢理引き上げる。
当時からジャックは身体が大きめな子供だったし、クロウは小さかったから簡単に引き摺られていった。
教会のホールにあるピアノの前まで引っ張っていって、其処に座らせる。
紙は、あの歌の楽譜だった。
弾け、と鍵盤を強く叩かれて、クロウはびくり、と肩を竦ませた。
たどたどしく弾き始める。
その指の動きに、ピアノを弾ける環境に居なかったのだと思った。
ジャックは、そのピアノに合わせて歌いだした。
オレもジャックを真似て一緒に歌い始める。
様子を窺っていたマーサの家の子供たちも、一人二人と集まって来て、最後は合唱になった。
クロウの母親が来ていた頃のように。
クロウは途中から涙をこぼし始めた。
泣きながら、それでも最後まで弾いた。
ジャックはピアノの前に座ったままのクロウの頭をぎゅうと抱きしめた。



「大丈夫だ」



ジャックはただ、大丈夫だ、と繰り返した。
繰り返されるその言葉は、不思議と安心出来た。
何があってもオレもジャックもクロウの味方だ。
クロウの親友だし、兄弟だし、家族だ。
「大丈夫だ」という一言に其れがすべて詰まっている気がした。

クロウはジャックに縋りついてわんわん泣いた。
オレも一緒になってジャックにくっついて泣いた。

そうして、クロウは元気になった。
前のように明るくてやんちゃな子供に戻った。





***





「ありがとな、遊星。おかげで何とか片付いたぜ。飯食ってくだろ?」
「ああ。御馳走になる」
ロクなもん入ってないから期待すんなよ、と言いつつクロウは冷蔵庫を探る。
引っ越し後では、まだほとんど中には入っていないだろうが、久しぶりにクロウの手料理を御馳走になりたい。
「ジャックも来んだろ」
「後から来ると言っていた」
「なあなあこれ幾つの時の写真?クロウ超可愛い!」
其処へ空気を読まない男がアルバムを持って乱入してきた。
「てめえは休憩ばっかしやがって全然働いてねえじゃんか!夕飯抜きだ」
クロウが鍋の蓋を振り回す。
其れをひょいと避けて京介は叫んだ。
「ひでえ!飯抜きじゃ死んじゃう!だってしょうがないじゃん、お宝の山なんだもん!ちっこいクロたん可愛い〜」
「やかましい!」
振り回したクロウの腕を再び避けて、京介は遊星の方へやってくる。
手に持ったアルバムを指しながら、京介は言った。
「なあ、遊星はこの頃からクロウのこと知ってたんだろう?どんなだったん?」
「オレ達は、小さい頃から一緒だったからな」
会えなかった間のことは知らないけれど、それでもずっと一緒に過ごしてきた。
大事な幼馴染で親友で兄弟で、家族。
ジャックほどではないが、遊星だってクロウのことは本当に大切で、本当は『結婚するならばオレを倒してからだ』くらいのことは言いたいのだ。
もちろん言わないけれど。
でも、クロウの『これから』を一人占めする京介に、ほんの少し意地悪をしても許されるのではないかと思う。
「だから」



「秘密だ」



『今まで』のクロウはジャックと自分だけのモノ。
大事な思い出を仕舞っておくことくらいは許されるはずだ。





END

 




現ぱろ・京クロ
遊星たんのささやかな意地悪でございました。
あと頼りになるお兄ちゃんジャックを書きたかったのでした。
お兄ちゃんというかもうすでに保護者ヅラしてますが(^^ゞ

何時か書こうと思っていた昔の話を此処で突っ込んでみましたよ。
クロたんを保育士設定にした時からピアノは弾ける脳内設定でした。
保育士もそうなのか実はよく知らないのですが
幼稚園の先生はピアノ(というかオルガンとか電子ピアノ)
を弾けないと駄目という話を聞いたことがあったので。
子供たちと歌ったりお遊戯の伴奏をするためだそうです。

そのうちにマーサに京介を紹介する話も書きたいです。
そろそろ脳内設定が濃くなってますが
大丈夫な方はお付き合いくださいませ。




2010.05.23

 

>戻る