■ぷらんつろぐ■

出会い編

 


 

五月蠅い目覚ましを止めて、腕の中の温もりをもう一度抱きしめ直す。
小さな手がオレの頬にぺち、と触れた。
「きりゅー」
「んーわかった起きるってー」
同じように頬っぺたを両手で包んで額を合わせる。
「おはよう、クロウ」
クロウはきゃあきゃあ笑った。
ベッドから抜け出して、顔を洗う。
クロウも付いてくる。親に付いて歩く小鴨みたいだ。
「今ミルク温めっからな」
クロウ用のミルクはちょっと高価だけれど、美味しそうに飲んだ後の満面の笑みがまた堪らない。
この笑顔の為に頑張って仕事してミルク代稼がなきゃ、と思う。
2週間前から一緒に暮らしてる、オレの宝物。
この子は、観用少年だ。

 


 

 

雨を逃れて駆けこんだ軒先で、その子に会った。
ショーウィンドウの中、並べられた、高価そうな服をした人形たち。
何体も並んでいたのに、その子だけが目に留まった。
オレンジ色の髪の毛の子供のマネキン。
見ているオレの眼の前で、その子供はゆっくりと目を開けた。
灰青の瞳がオレを見て嬉しそうににぱっと笑う。
太陽みたいな笑顔。
思わずガラスに手をついていた。
子供も同じように窓に手をついてオレの瞳を覗き込む。
いつの間にか雨は止んで、太陽は向こうの空に沈もうとしていた。
オレンジ色に染まった空を、自由に飛んでいく鳥を見た、気がした。

 


 

招き入れられた店の中には、何体もの人形が並んでいた。
皆、眠るように眼を閉じている。
オレンジの髪の子だけが、窓際から飛んできて、オレを見上げて笑った。
懐っこい。
子供は別に好きじゃないけど、思わず目線を合わせるために屈んでしまった。
また子供が笑う。
オレもつい一緒に笑う。
見てる人間を笑顔にさせる、ってこういうことを言うんだろう。
「その子は貴方が気に入ったようですね」
灰の長い髪を結わいた初老の店主が、此処はプランツドールの店だ、と言った。
プランツ。聞いたことある。
確か目玉が飛び出るほど高い、金持ちの道楽人形だって話だ。
とてもじゃないが、しがない物書きのオレに買える代物じゃない。
「この子たちは自分の主を・・いえ、生涯の伴侶を此処で眠りながら待っているのです。伴侶などというと大袈裟と思われるかも入れませんが、実際目が覚めてしまうと、その相手のことしか見えなくなってしまう。引き取って貰えない場合、枯れるしかないのです」
枯れる・・死ぬってことか?
子供は此方の話をわかっているのかいないのか、オレの手をきゅ、と握ってまた笑った。
そんな高いもの買えるわけない、と言わなければいけないのに。
「・・・ローン組めますか」
オレが言ったのはその一言だった。

 


 

「開けろ、鬼柳!居るのはわかってるぞ!」
何処のセキュリティだ、オレは犯罪者か。
ドアを開けると大声で怒鳴っていたのはやっぱりジャックだった。
オレのモデル時代の友人で、近所迷惑な唯我独尊の男だが、悪い奴じゃない。
「なんだ、ジャック。どうしたんだ」
「お前が子供服を買っているのを見たヤツが居てな。営利誘拐でもしたのではないか噂していたので様子を見に来たのだ」
営利誘拐て。
確かに子供好きってわけではなかったから、子供服なんか買っていたら怪しがられるだろうけど。
「誘拐なんかしてねえよ。ちゃんと買ったの」
クロウを見てジャックは眼を剥いた。
「人身売買か!」
「違うっての。観用少年なんだよ、クロウは」
観用少年。
ジャックも聞いたことはあったようだ。
「だが、高価だと聞いているぞ」
「うん、ローン組んだ」
へらりと言うとジャックは激昂した。
「貴様、騙されたのだろう!」
そうして店に文句を付けてやる、と怒鳴ると止める間もなく出て行ってしまった。
止めなきゃいけないんだろうけども、何となく放っておくことにした。

予感がしたのかもしれない。

 


 

一週間後、オレはクロウを連れてジャックの部屋の扉を叩いた。
モデルとして人気の出つつあるジャックだが、まだまだ駆け出しなので、部屋のレベルはオレとそう大差ない。
「よおジャック」
ドアを開けたジャックににやりと笑ってオレは言った。
「子供服を買ってたって話聞いたから営利誘拐かと思って見に来たぜ」
「来ると思っていたぞ」
苦虫を噛み潰したような顔をしてジャックは中へ入れてくれた。
部屋の中には黒髪に黄色いメッシュの入った、言っちゃあなんだが、変わった髪型の子供が居た。
「名前なんての?」
「遊星、だ」
笑うかも知れんが、とジャックは続けた。
「コイツが目を開く前から、瞳は青だと思ったのだ。星の海の様な深く澄んだ青・・・」
成程、だから名前に星を入れたわけだ。
笑う訳が無い、オレもそんな風に名前を付けたんだから。
その遊星とクロウは観用少年同士馬が合ったのかあっという間に仲良くなってきゃっきゃしている。
「なあ、ジャック一緒に暮らさねえ?」
「何?!」
「いやルームシェアしねえかっての。お前仕事の時、遊星置いてくの心配だろ?オレ在宅だし」
プライドが高く、天上天下唯我独尊を地で行くような男だから、オレの申し出なんか受けないかな、と思ったけどジャックはあっさりと言った。
「いいだろう」
よほど遊星が大事らしい。

 

 


 

 

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