■「大丈夫だよ」(十翔)■ 十翔前提で吹雪と翔。励ましてもらったり。
翔は廊下をひとり、とぼとぼと歩いていた。
もうすぐ本鈴がなる時間だから急がなくては授業が始まってしまうとわかっているのに、重くて思うように足が動かない。 今日も十代は学校へ来なかった。 迎えに行っても謝られるばかりで、辛い。 一人になりたいのだ、と十代は言った。 翔には何も変わっていないように見えるのに、十代にはデッキのカードが白いカードに見えるのだそうだ。 そんなに、ショックだったのだろうか。 エドに、負けたことが。 翔にはそんな風には見えなかった。 最後倒れてしまったときには吃驚したけれど、それまではいつもの十代だった。 楽しそうにデュエルをしていた。 実際、決闘前夜三沢の部屋でエドについて調べている時に、「勝っても負けてもデュエルが楽しければいい」と言っていたのだ。 負けたからといってあんな風になってしまうなんて信じられない。 デュエルが出来なくなるなんて。 何か、嫌なことが起こる前触れなのではないだろうか。 ふと、そんな事を思って翔は足を止めた。 何かまた、起こるのではないだろうか。 セブンスターズのときの闇のデュエルのように・・・。 また、自分は何も出来ないのだろうか。 「嫌だ、そんなの」 兄が人形にされたときのことを思い出して、翔は呟いた。 足が震えているのがわかる。 ・・・怖い。 大切な人が、傷つけられる恐怖に、翔の足は動かなくなる。 と、後ろから声をかけられた。 「どうしたんだい、こんなところで?」 「・・・吹雪、さん」 恐る恐る、振り返ると其処に天上院吹雪が立っていた。 ほっと、息を吐く。 明るい笑顔にほんの少し安心する。 その時チャイムが授業の始まりを告げた。 「あ、と。授業始まっちゃったねぇ」 音の聞こえたほうを見上げてのんびりと吹雪が言った。 それから悪戯っ子のような表情で翔の顔を覗き込む。 「今日は一時間目、ボクとサボっちゃおうか」 「え、え、あのっ吹雪さん」 吹雪は翔の返答を待たずに、腕を掴んでさっさと歩き出した。 「どうせもう遅刻だし、いいじゃないか。ね?」 片目を瞑って吹雪が言った。 強引ではあるが、明るくて何処か憎めない。 翔は大人しく吹雪に付いていくことにした。 正直、授業に出るのは、憂鬱だったのだ。 結局十代を今日もつれてくることが出来なかったのだから。 何処へ行くのかと思っていたら購買部に到着した。 「トメさん、コーヒーとイチゴ牛乳頂戴」 「あら吹雪ちゃん、授業はどうしたの」 購買部のトメさんは訊きながらパックのコーヒーとイチゴ牛乳を出してくれた。 トメさんの問に吹雪はにっと笑って答える。 「サボリ」 「まったく仕方ないわねぇ」 吹雪のキャラクター故か、咎められることもなく商品を手に入れる。 「はい、オゴリ」 吹雪はイチゴ牛乳を翔へ差し出した。 「これ好きでしょ、翔くん。いつも飲んでるもんね」 「・・ありがとうございます」 翔は礼を言ってそれを受け取った。 日の当たる中庭に並んで腰を下ろして、それぞれコーヒーとイチゴ牛乳を飲む。 いい天気だだの、風が気持ちいいだの、ひっきりなしに何か喋っている吹雪に相槌を打ちながら、翔は兄の事を考えていた。 イチゴ牛乳を飲むようになったのは、牛乳が苦手な翔に兄がこれはどうかと薦めてくれたからだ。 牛乳を飲むとお腹の調子が悪くなる翔は、飲むのを躊躇ったのだけれど、兄がせっかく薦めてくれたのだからと、飲んだ。 牛乳と違って、甘い。 これなら大丈夫、飲める、と言うと兄は何も言わなかったけれど頭を撫でてくれた。 それからずっと好きで飲んでいる。 翔がイチゴ牛乳を好きだと、吹雪は兄に訊いたのだろうか。 そういえば。 この間三沢が言っていた事を思い出す。 翔はずっと訊いてみたかった事を口にした。 「お兄さんと吹雪さんがライバルだったって本当っすか?」 「うん」 吹雪はあっさりと肯定した。 「そう言う人も居たし、ボクもそのつもりだったけどね」 亮はどうだったかな、と吹雪は笑った。 「ボクと亮がライバルなんて、意外?」 「いえ、あの、えと」 むにゃむにゃと翔は口籠った。 はっきりと本人には言いづらいが、意外だ。 確かに吹雪もデュエルが強いのだろう、とは思う。 だけれどそのデュエルスタイルは兄とは違いすぎる。 翔の考えを読んだかのように吹雪が言った。 「亮もデュエルの時楽しそうなんだけど、ぱっと見わかりづらいでしょ?」 「そうっすね」 デュエルが好きだし、楽しいのだろうけれど、あまりそれは表情に出さないタイプだ。 親しい人間が見たら、楽しそう、とわかる程度。 「ボクは、ボクが『すっごく楽しい』ってのを見てる人にも知って欲しいし、見てる人も楽しんで欲しいんだよね」 根っからのエンターテーナーなのだなあと翔は思った。 芸能人には向いているかもしれない。 「せっかくライバルって人が呼んでくれてるんだから、亮と同じスタイルじゃつまんないし」 吹雪は続けた。 「まあこういう性格だしね。目立つの好きだし」 そう言って吹雪が笑うのに、釣られて翔も笑った。 きっと兄とは良い好敵手で、親友だったのだろう。 笑った翔を見ながら、吹雪が思い出したように言った。 「十代くんも、楽しそうにデュエルするよね」 「デュエル大好きなんだなって、見ていてよくわかる」 「そうっすね」 翔は思わず目を伏せてしまう。 いつだって、十代のデュエルはそうだった。 楽しそうにデュエルをするから惹き付けられた。 なのに。 あんなにデュエルが好きな十代が、デュエルできなくなってしまうなんて。 「だから、大丈夫だよ」 そう言って大きな手が翔の頭を撫でた。 温かい、手のひら。 何の根拠もない『大丈夫』 それでも、何だか安心できた。 呪文のように、それが、手のひらから心の中に染み込んで来る気がした。 大丈夫。 大丈夫。 「おっと授業が終わった」 チャイムの音に吹雪が立ち上がった。 「次は出ないとね。」 留年生だし、とおどけた調子で付け加えて校舎へと歩いていく。 入れ違いに明日香が中庭に出てきた。 「翔くん」 一人の翔を見て明日香が辛そうに眉を寄せる。 「十代は今日も来なかったのね」 翔は頷いた。 それから視線を上げてはっきり言った。 「でも、大丈夫っすよ」 大丈夫。 大丈夫。 翔の視線は吹雪の後姿を捕らえている。 「そうね」 吹雪を見送りながら明日香も頷いた。 「明けない夜はないものね」 「吹雪さんってすごいっすね」 ほんの少し、喋っただけだけれど大分印象が変わったと思う。 そう告げると、明日香は嬉しそうに答えた。 「自慢の兄さんよ」 それから悪戯っ子のような表情で笑った。 「いつもはおちゃらけて居るけどね」 明日香はそう言ってウィンクして見せた。 大丈夫。 元気になる呪文を貰った。 END 十翔前提で吹雪と翔。 吹雪兄はデュエルは強いはず!と思うんですよ。 だってお兄さんのライバルなんだもの。 勝ち負けよりも「楽しむ」「(周りを)楽しませる」ことに重点を置いてるんじゃないかなーと。 本当はデキる人なんだよ(多分)と擁護してみました(^_^) まあ「アレはただのお馬鹿だよ」って言われたらそれまでですけどね(笑) つか「ライバル」って自分で言ってただけ、とかじゃあるまいな?(笑) 2005.11.28
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