■「ずっと側に居るよ」(十翔)■ 十翔でちょっと剣→翔。
「アニキ起きてよ。授業終わったよ」
聞きなれた声と共に小さな手の感触が肩に乗せられる。 温かい感触が気持ちいい。 その手にゆさゆさと揺さぶられて十代はようやく目を開けた。 「あーもうそんな時間かー」 大きな欠伸をして、ついでに伸びをする。 教室の中は十代と翔以外にはもう誰も居なかった。 授業が終わって、みな帰ってしまったらしい。 翔はそんな十代を見て呆れたように言った。 「まったくアニキったらお昼ご飯の時は起こされなくても起きるくせに」 「そりゃそうだろ」 悪びれず答える十代に、翔は腰に手を当てると言い聞かせるように言った。 「もうすぐテストだよアニキ。そんな寝てたらまた赤点ぎりぎりっすよ」 テストなんてぎりぎりでも別にいいし、そもそも実技デュエルはいつも成績がいいのだから特に問題はないような気がする。 けれど赤点を取るとクロノス臨時校長がまた煩い。 悪い人ではないし、デュエルは強いし、結構好きなのだが、何かと煩い。 十代は少し考えて言った。 「じゃあ三沢に少し勉強教えてもらいに行くか」 「そうっすね」 十代の提案に翔も同意を示す。 「おっし、じゃあそうするか」 勢いをつけて立ち上がり机の上に一応広げておいた教科書を片付ける。 もちろん十代は教科書など学校に置きっぱなしだ。 翔も以前は十代に倣えで置きっぱなしで帰っていたが、ラーイエローに上がってからはきちんと寮へ持って帰っている。 感心なことに部屋で勉強もしているらしい。 「本当は明日香さんに教わった方が、わかりやすいんだけどなぁ」 翔が教科書を詰めたリュックを背負いながら言った。 「三沢くんってば説明にすぐ変な数式混ぜてくるんだもん。余計わかんなくなっちゃう」 「数式大好きだからな、アイツ」 壁や天井に書かれた数式をついこの間も消す手伝いをしたばかりだ。 所狭しと書かれた十代には意味不明の数字たちを思い出して苦笑する。 それから思い出して言った。 「翔お前、万丈目によく教わってたじゃん。アイツは?」 「万丈目くんはちょっと間違えるとすぐ馬鹿だの何だの言うんだもん」 翔はぶうと頬を膨らませた。 その状況が目に見えるようで十代は笑った。 十代の見る限り、翔と万丈目は、好き勝手言い合える仲、なんだと思う。 口喧嘩は毎度のことだけれど、仲はいい。 それを肯定するかのように翔が言った。 「でも意外に教えるのは上手くてわかりやすいし、結構面倒見いいんだよね。理解するまできちんと説明してくれるんすよ」 翔は言って、ぺろっと舌を出すと付け加えた。 「口悪いっすけどね」 「ああ、うん。口悪いよなアイツ。お坊ちゃまのくせに」 こんな事を言っているのを本人が聞いていたらさぞかし怒るだろう。 そんな様子が容易に思い浮かんで二人で顔を見合わせて笑った。 笑い声が収まると、他に人気の無い教室はしんと静まりかえる。 翔と十代以外誰も居ない。 十代はがらんとした教室を見渡してぽつりと言った。 「ちょっと」 「・・・寂しいな」 明日香も万丈目も、居ない。 何か良くわからないけど、制服を白くして、十代の側から居なくなってしまった。 斎王さま、なんて言ってあんなの全然らしくない。 明日香も万丈目もそんなこと言うようなタイプじゃなかった。 自分の道は自分で選ぶヤツだったはずだ。 「アニキ」 翔が、黙ってしまった十代の手を取って言った。 「ボクは、ずっとアニキの側に居るからね」 温かい手のひら。 繋がった指先から腕を辿って、翔の瞳に視線を合わせる。 まっすぐ自分を見上げる翔の目に映った、己の姿を見る。 ああそうか、一人ではないのだ。 そう思った。 此処に自分を見ている人が居る。 「翔・・」 「え、いや、あの」 何か言おうと名を呼んだ。 翔はその声に顔を赤らめた。 焦ったように慌てて離そうとした手を、今度は十代から捉える。 今、この手を、離してはいけないのだと思った。 しっかり捕まえて告げる。 「ありがとうな、翔」 柄にも無く気弱な事を言ってしまった。 でももう大丈夫。 難しく考えるなんて、それこそらしくない。 大丈夫、なんとかなる。 一人では、ないのだから。 「アニキ・・」 更に頬を赤くして十代を見上げた翔が何か言おうとした。 「アニキ、帰ろうどーん!!」 「ぎゃあ!」 しかしそれは一年の授業が終わって、飛んできた剣山に阻まれる。 剣山の大きな声に翔は文字通り飛び上がった。 それから負けじと声を張り上げる。 「何だよ邪魔するなよ剣山くん!」 「うわっ」 翔の剣幕に剣山は少し怯んだ。 「いきなり何怒ってるざうるす」 「今ものすごくイイカンジだったのにー!」 「何の話だどん」 騒ぐ翔に、ちょっと小馬鹿にした調子で剣山は言った。 「まったく子供は扱いが難しいどん」 「誰が子供なのさっ!」 年下の剣山に子供扱いされたことで翔は更にムキィ、と怒鳴った。 「まあ怒るなよ、翔」 十代は二人の間に割って入る。 「ほら、購買部寄って何か差し入れにお菓子でも買ってさ、三沢の所行こうぜ」 言いながら十代は再び翔の手を取った。 「う、うん」 そのまま手を引いて歩き出す。 温かい手のひら。 十代に釣られて歩き出す格好になった翔の後ろから剣山が言った。 「オレも行くざうるす!」 「剣山くんは来なくていいっすよ!」 賑やかな翔と剣山に苦笑しながら、促す。 「ほら、早く行こうぜ。腹減ってきたし」 「勉強しに行くんじゃなかったっすか?」 繋いだ手はそのままに翔が小首を傾げる。 「勉強もするって!」 十代は笑いながら掴んだその手に力を込めた。 END 十翔でちょっと剣→翔って感じで(^^ゞ アニキは基本的に悩まない人ですけどね でもやっぱ準たんも明日香さんも白化しちゃったのは ちょっと寂しいんじゃないかと思うのですよ。 いや寂しいのは正直私なんですが(^^ゞ でも嫁はずっとアニキと一緒だよ!ってことで(^_^) そしてちょっぴり剣翔風味(笑) 誰も居ない教室で手を取り合って見詰め合ってたら そら乱入するわな、ってことで(^_^) 2006.03.25
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