■「内緒の話があるんだ」(十翔)■

十翔で準たんと翔。ホワイトサンダーの時の話。







早く喋りたい、内緒の話があるんだ。

 


気がついたら森の中を一人で歩いていた。
真っ暗な道は先が見えない。
どうしてこんなところを歩いていたんだっけ?
ふと立ち止まって考える。
だがまったく思い出せなかった。
立ち止まった翔の周囲でざわざわと木の葉が音を立てる。
黒い葉が風でまるで生きているかのように動く。
急に、怖くなった。
「早く帰んなきゃ」
レッド寮へ。
アニキのところへ。
駆け出そうとした翔の耳に誰かが呼ぶ声がした。
「丸藤翔」
足が竦んで動けなくなる。
翔は恐怖を表に出さないようにして、ことさら大きな声で怒鳴った。
「誰っ」
如何の声に知った声が答える。
「此処だ、馬鹿者っ」
くるりと振り返ると万丈目が居た。
木に逆さに吊り下げられて。
「万丈目くん」
翔はぽかっと口を開けて万丈目の名を呼んだ。
「・・何やってるのさ万丈目くん。まったく脅かさないでよねー」
オバケの類でなく、同級生だったことで翔はすっかり安心して言った。
怯えていたことが恥ずかしくて、それを誤魔化すために少し乱暴な口調になる。
「好きでやってるわけではない!」
「なあんだ」
翔の呆れた声に万丈目は逆さのまま怒鳴った。
「そういうヘンな趣味でもあるのかと思った」
「あるわけないだろう!」
翔は万丈目を覗き込んだ。
いつもは見上げる形になるのだが、今日は万丈目が逆さまになっているために顔の位置が翔より低い。
ちょっと優位に立った気分。
万丈目は下から命令形で叫んだ。
「早く下ろせ!」
「どうしようかなぁ。最近万丈目くんカンジ悪いからな〜」
「キサマ〜」
翔はわざとらしく考える素振りをして見せた。
からかう翔を万丈目は本気にしてまた怒る。
不利な立場に居るのに、此処で下手に出ないところが万丈目くんだよね。
そう思って、其処で気がついた。
「あれっ?」
「何だ?」
突然顔を近づけてまじまじと自分を見る翔に、吊り下げられたまま万丈目は身体を引いた。
万丈目の服は、黒。
ノース校から帰ってきたときのあの服だ。
「・・サンダー、なの?ホワイトサンダーじゃなくて?」
「何を言っている」
訝しげに眉を顰める万丈目は、確かに以前の「サンダー」だ。
「サンダーだ!」
翔は叫ぶと慌てて万丈目を吊り下げている縄に駆け寄った。
「待って、今下ろしたげる!」
固い結び目を必死で解く。
いきなり解くと万丈目が頭から落ちてしまうので、縄を押さえながらの作業になり、なかなか捗らない。
それでも何とか解くことが出来た。
気をつけたつもりだったが、翔の力では万丈目の体重を支えられなくて結局地面に落ちる。
「いたた・・」
「ごめん、大丈夫万丈目くん」
翔は慌ててロープを放り投げて駆け寄った。
ぶつけた頭をさすりながら万丈目が怒る。
「キサマもっと気をつけて下ろせ!」
「しょうがないでしょ!キミ重いんだよ!助けて貰っといて威張んないでよ!」
落ちた、とは言ってもたいしたことはなかったようで、いつもの調子で文句を言う万丈目に、翔もいつもの調子で言い返す。
足に残る結び目を解く万丈目を手伝いながら、翔はふと手を止めた。
「何だ?」
「ううん。・・・ホントに『サンダー』だ、と思って」


「ボク、ホワイトサンダーよりサンダーの方が好きだな」


ホワイトサンダーと名乗るようになってから、万丈目はなんだかおかしくなった。
外見上は白い服を着るようになったことくらいの変化だった、と思う。
またなんか可笑しな事を言い出したな、位のカンジでそんなにすごく変わったようには見えなかった。


だがなんだか会話が噛み合わなくなった。

前だったらムキになって怒ったり、言い返したりしたのに。


前はもっと、万丈目くんと話すの、楽しかった。



「何をやっているの?」
「明日香さん」
「天上院くん」
がさり、と音を立てて茂みから明日香が顔を出した。
明日香の服も、白くは無い。
オベリスクブルーの女子の制服だった。
「明日香さんも元に戻ったんだね?」
「・・・何の話?」
不思議そうに首を傾げる明日香を見ながら翔は笑った。
「ううん、何でもないんだ」


「早く帰ろう」

座り込んだままだった万丈目を手を貸して立ち上がらせる。
「みんな待ってるよ」
指し示す先に、オシリス寮が見えた。




 

 

「・・翔?」
目を開けると十代が顔を覗き込んでいた。
「・・・アニキ?」
「珍しいな、お前がオレより起きるの遅いなんて」
ああ、そうだ。
昨日はレッド寮に泊まったんだっけ。
そう思い出したところで、翔はがばっとベッドから起き上がった。
「翔?」
驚いて名を呼ぶ十代に問いかける。
「万丈目くんは?!アニキ」
「え」
「万丈目くんは?明日香さんは?!」
詰め寄る翔に困ったように十代は答えた。
「・・・二人ともホワイト寮だぜ」
ホワイト寮。
白く塗られてしまったオベリスクブルーの寮を今ではみんなそう呼ぶ。
翔は肩を落とした。


ああやっぱり、夢だったのだ。


また口喧嘩したり、からかったり、からかわれたり。
一緒に寮の食堂でご飯を食べて。
月に一度のエビフライを取り合ったり。
そんな毎日が戻ってくるのだと、思ったのに。


・・・嬉しかったのに。


「・・翔」
泣きそうになって俯く翔を、十代がそっと抱きしめた。
「何か夢、みたのか?」
「・・うん」
翔は小さな声で返事をした。
十代は更に続けて問いかける。
「いい夢だったのか?」
「・・うん」
「じゃあ」



「内緒な」



内緒、という意図が見えなくて翔は顔を上げて十代を見た。
「悪い夢は、誰かに話しちゃえば、正夢にならないって教えてもらったことあるんだよな、オレ」
翔は黙って十代の言葉の続きを待つ。
「話すことでその夢を自分の中から逃がしちゃうんだってさ」
十代はにっ、っと笑った。
「つーことはさ、つまり、いい夢は誰にも言わないで黙っていれば正夢になるってことじゃないか?」

「だから翔の夢がホントになるまで内緒」



ホントになるまで、内緒。


誰にも言わずに黙ってれば、正夢になる。
そんな都合のいい話があるだろうか。


だけれど今はそれを、信じたい。



「な?」
自分の目を見てそう笑いかけてくる十代を見ていると、それを信じられる。
大丈夫。
「うん」
翔は明るく言って頷いた。
「ホントになったらすぐ言うね」
「おう、楽しみにしてるぜ」
元気になった翔の言葉に十代は嬉しそうに笑った。


早く話したい、内緒話があるんだ。

あの時の夢はこんなだったんだよって笑いながらみんなに話したいんだ。



 


早く、早く。



 

END

 





十翔


そんで私は準たんと翔が仲良くしてるところがそろそろ見たいのです(^^ゞ
悪い夢の話は聞いたことあるんですが
本当かどうかは謎。
まあおまじないとかの類ですが
信じれば効果ありってことで。

 

2006.04.23

 

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