■「何処へ行ったんだろう」(十翔)■ 十翔でヘル←翔。アニキの宅急便。
「ファラオ、本当にコッチに居るんだろうなぁ?」
「にゃあ」 不審の声に振り向きもせず、鳴き声だけ返しておいて、トラネコは藪の中を進む。 迷いのないその足取りを信じるしかない。 しかしネコにとってはとりわけ困難ではない道でも、人間にとっては歩きにくいことこの上ない。 不平のひとつやふたつ、呟きたくなるもの道理だろう。 しかし目当ての人物が何処に居るのか心当たりがない上に、方向音痴の身の上となれば、自信ありげに歩くネコにすべて任せるしか道はない。 ボヤキながらもようやく藪の中を抜け、ようやく目の前が開けた。 「おーやっと広い所に出たー」 思わず感嘆の声を上げる。 「さて次はどっちへ行くんだ?ファラオ」 言いながら顔を上げた、其処に。 見知った男が 見慣れることの出来ない黒いコートを着て 立っていた。 かつてアカディミアで最強と謳われたカイザー。 今の名は、ヘルカイザー亮。 翔の兄が。 亮は突然目の前に現れた十代に特に驚いた様子もなく言った。 「お前もオレにデュエルを挑みに来たのか」 淡々とした口調に舌打ちしてやりたくなる。 だが十代は軽い調子で答えた。 「いや」 『お前も』と亮は言った。 あんなに兄のことが好きな翔を、叩きのめしておいて。 こんなに冷静なこの男が許せないと思う。 だけど、今は。 「オレ、アンタに興味ないし」 一年前、十代がどうしても勝ちたいと思った相手は『ヘルカイザー』ではない。 亮の表情が初めて動いたように感じたが、十代は気にせず続けた。 「オレ、今日は宅急便屋だし」 「宅急便?」 「そ」 不審げに問い返す亮に十代は、にっ、と笑うと持っていた荷物を突きつける。 「毎度。お届けものです」 十代が持ってきた風呂敷包みの中にはタッパーに詰められたおにぎりが入っていた。 それに加えてもうひとつ小さなタッパーがあって、それには沢庵。 ポケットに入れてきた缶のお茶を放ってやると、亮は難なく受け止めた。 「メダルなんていくら踏んづけたっていいけどさ、食べ物は粗末にするなよな」 缶を持ったまま動かない亮は、どうしたらいいのかわからないようにも見える。 十代は畳み掛けるように告げた。 「翔が、作ったんだし」 「翔が・・?」 呟くヘルカイザーの心の内は、もちろん十代にはわからない。 それでも、コレを作った翔の気持ちを考えると続けて台詞は出てきた。 「まだ具合良くないのに、保健室抜け出して何やってるのかと思えば、トメさんに手伝ってもらって握り飯作ってんの」 「『お兄さんは放っておくと何も食べないから』って」 自分で探しに行くって言うのを宥め賺して十代が宅急便屋を引き受けてきたのだ。 兄弟だから、わかること、知らないこと、心配なこと。 全部ひっくるめて届けるつもりで。 十代の話を聞きながら亮はおにぎりをひとつ手にとって口へ運ぶ。 表情からは相変わらず何も窺えない。 十代は自分も勝手にひとつ手に取ると齧りついた。 「しゃけ召喚〜」 それからポケットを探って小さな手帳を取り出した。 片手で握り飯を口に押し込みながら、器用に手帳を開いて亮に渡す。 「・・・」 なんだこれは、と言わんばかりに見返す亮に、十代はボールペンを差し出した。 「其処に名前書いてくれよ。受け取り印代わり」 ちゃんと、届けたという、証拠の代わりに。 頷いて、ボールペンを走らせる、その文面をそっと覗き込む。 『丸藤亮』 ただ、それだけ。 名前だけ書かれた素っ気無いその紙を見ながら、ありがとうとか、美味しかったとか、そんなこと言われなくても一言書けよ、と思う。 ただそれだけで、翔がどれだけ喜ぶかわからないのに。 結局、兄弟という絆の上に胡坐を掻いているのだ。 決して翔は裏切らないと、知っている。 それがどうしても悔しかった。 亮が食べ終わるのを待たず、十代は立ち上がった。
十翔・ヘル←翔 兄弟対決で翔が負けた後、 普段だったらアニキがデュエル、って流れになるのにそうならなかったのは やっぱアニキが翔のこと大好きだからだと思うのですよ。 翔がお兄さんとデュエルしたがってるから 翔がきちんと納得いくまで自分は手を出すつもりはないの。 でも今度泣かせたら許さないから、という アニキのお届けモノは宣戦布告でした(^^ゞ 宅急便やさんなのでファラオも同行してもらいました(^_^) 黒猫じゃないけどね。 2006.10.28
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