怖いものなんて、なかった。
そんなこと考えたこともなかった。
「まったくアニキってば何とでもすぐデュエルしちゃうんだから」
翔がぶうと口を尖らせた。
子供っぽいその表情を見ながら十代は答える。
「いいだろ、勝ったんだしさ」
「まあそうだけど」
そう言いながらも翔は不満そうだ。
冬休みの間に妙な成り行きで『サイコショッカー』とデュエルをした。
精霊とデュエルなんてめったなことでは出来ないだろうし、終わってしまえば面白かった、と十代は思う。
しかし見ていた方はヒヤヒヤしたらしい。
何しろ負けたら『生贄』にされるところだったのだ。
「少しは怖いとか思わないの?」
「別に。楽しかったし」
翔は諦めたようにため息をついた。
「本当アニキは怖いものナシって感じだよね」
「そんなことないぜ」
「オレだって怖いものくらいある」
「へえ」
背後からの声に振り向くと其処に三沢が立っていた。
「三沢」
「三沢くん」
「それは興味があるな」
三沢は机に凭れ掛かるようにして身を乗り出す。
「自分が『一番』だと豪語する遊城十代が怖いものが何か」
「ボクも知りたいなぁ」
翔も同じように十代のほうへ顔を寄せた。
「アニキ、一体何が怖いの?」
「・・ヒミツ」
「えー」
翔がブーイングしたところでチャイムが鳴った。
先生は少し遅れているようでまだ来ない。
「あ、わかった。クロノス先生でしょ?」
「ブー。ハズレ。つかそれお前だろ、翔」
鼻先をそう言って突いてやると、翔は鼻を押さえて定位置へ戻った。
「じゃあ何?」
「だからヒミツだって言ってるだろう」
「えー」
翔が再びブーたれたところで教室にクロノス教諭が入ってきたため、其処で会話は打ち切られた。
「アニキーご飯食べに行こう」
机の上をさっさと片付けて翔が言った。
並んで食堂へ向かう。
「今日はカレーが食べたい気分―」
「オレは定食にしようかな。・・後パン」
「たまごパンゲット記録更新中だもんね」
我がことのように得意気に翔は笑った。
「じゃあボク席とっておくね」
カレーと本日のA定食を乗せたトレーを持って翔が奥へ消える。
重いトレーを持った翔がちゃんと席に着いたのを確認して、十代はパンを買いに購買部へ向かった。
「十代」
「三沢」
パンを入れたワゴンのところに三沢がいた。
「そういえば、さっきの話だけど」
一緒にパンを選びながらふと思い出した、という風に三沢が言った。
「十代の怖いものって、何だ?」
十代は手を止めて隣を見た。
「お前結構しつこいなぁ」
呆れた声を出す十代に三沢は澄まして答える。
「オレは方程式を解いてきちんと答えが出ないと嫌なタイプなんだ」
「・・あーなるほどな」
納得がいったようで十代は頷いた。
「んー・・お前ならわかるかもな、この感覚」
十代は少し考えてそれから言った。
「翔が怖い」
翔ガ、コワイ。
三沢はその言葉の真意が良くわからなかったようで、不信気に眉を顰める。
「どういう、意味だ?」
「言ったとおりだよ」
答える十代にいつもの調子はない。
「嫌われるの、怖いなぁって」
翔がオレを見て
笑わなくなったら
どうしようって
考えたら
何かすごく怖くなった。
「三沢はそういうこと考えたことねぇ?」
「そうだな」
三沢は考える素振りで視線を流した。
「オレは今までこんなこと考えたこともなかったからさ、どうしたらいいかよくわかんないんだよな」
「嫌われないように努力するしかないだろうな」
「まあ、そうなんだろうけどさ」
三沢の助言に十代はさらに言う。
「そういうのって一人でで努力しても駄目ってのもあるじゃん」
「アニキ、早くー。先に食べちゃうよ」
待ちきれなくなって購買部まで様子を見にきた翔が言った。
振り返った十代と三沢とに同時に見つめられて顔に疑問符を浮かべる。
「何?何の話してたの?」
「オレの怖いものは翔にしかやっつけられない、って話だよ」
「えー?ボクにしか?!」
翔はかなり驚いた様子で素っ頓狂な声を出した。
「ボクアレだって退治できないのに」
「アレ?」
抽象的な言葉に首を傾げる三沢に十代が笑いながら言った。
「昨日、出たんだよ。寮に。オレがスリッパで・・」
「わー!」
十代の言葉を翔が声と手で遮る。
「やめてよアニキーこれからご飯なのに」
「悪い悪い」
「もう」
悪気などなさそうに笑う十代に口では怒ったように言いながら翔も笑う。
その様子を見ていた三沢が言った。
「当分心配はなさそうじゃないか」
「・・まあな」
十代は彼らしく不敵に笑って答えた。
怖いものなんて、ない。
お前が傍に居てくれるなら。
END
十翔。
まあ結局アニキはアニキなので
怖いものなしなんですよ(笑)