■「いつもいい天気」(十翔)■ 十翔。いつだっていい天気。
今日も明日も
いつだっていい天気。 「アーニーキー」 「うーん・・」 間延びした声と共に身体を揺さぶられた。 揺するリズムに合わせて歌うようなそれは、眠気を覚ますには逆効果だ。 誰が自分を揺すっているのか、目を開けなくてももちろん十代はわかっている。 自分のことを『アニキ』と呼ぶのはこの学園で一人だけ。 同室の翔だけだ。 「朝だよアニキー、起きてよー」 「後5分―」 言いながら布団の中へ潜ろうとする。 しかしそれは翔の手によって阻まれた。 「いつもそう言って起きないじゃないかー」 不満そうに翔が口を尖らせたのが目に見えるようだ。 翔は十代からべり、と音がしそうな勢いで布団を剥がすとまたゆさゆさと揺さぶった。 「また遅刻しちゃうよ、ほら起きて起きてー」 繰り返し自分を揺さぶる手に根負けして十代は目を開けた。 広がる、青。 「・・・あー今日もいい天気だなぁ」 「・・・はあ?」 思わずつぶやいた言葉に翔が疑問符で答えた。 「何言ってんのアニキ?雨降りだよ今日」 「え?」 今度は十代が聞き返す番だった。 ぱちぱちと瞬きをして翔を見上げる。 驚いたのでしっかり覚醒した。 「こんなにばしゃばしゃ言ってるじゃない」 言われてみれば窓の外は暗く、オシリス寮の薄い壁を通して激しい雨音が聞こえる。 「あれ・・?」 「寝ぼけてるのアニキ?」 首を傾げる十代に翔が言った。 確かに 青空を見たと思ったのに。 「おかしいなぁ」 昼休み学食で購買で引き当てたタマゴパンを齧りながら、十代は呟いた。 十代の前にはパンの他にAランチのトレイも置かれている。 「絶対、晴れてたのに」 「朝から雨なんだな」 いつまでも言い張る十代に、同じく学食のAランチを食べながら隼人があきれ気味に返す。 「そうだよアニキ」 翔もカレーのスプーンを持ったまま隼人に同意する。 「夢でも見たんスよ」 「違うって!」 なんと言われても納得できない。 だって確かに見たのだ。 青い空、を。 それに 「日向の匂いもしたんだぜ」 「ひなたのにおい?」 スプーンを咥えて翔が小首を傾げる。 その背後から声がかかった。 「何をぎゃあぎゃあ騒いでいる」 同じAランチのトレイを持って万丈目が立っていた。 「うるさいんだよ、貴様らは」 「あ、万丈目くん」 「万丈目」 「万丈目さんだ」 万丈目はわざわざ呼び方を訂正する。 「此処空いてるよ」 万丈目のそんな態度はいつものことなので、まったく気にした様子も見せず翔が自分の隣を示す。 「貴様らの側じゃうるさくて食事も出来ない」 「でも他に空いてないよ」 さらりと返されて一瞬詰まった万丈目だったが、結局其処にトレイを置いた。 「で、何を騒いでいたんだ?」 「十代が朝晴れてたって言い張ってるんだな」 「雨降ってたよねぇ?」 万丈目からも雨が降っていた、という証言を得ようとして隼人と翔が言った。 晴れていたと言い張る十代を納得させるためにはもっと証人が必要だ。 「はあ?」 万丈目は何を言ってるんだ、という顔で十代を見た。 「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、とうとう本格的にイカれたか」 心底呆れた、といった万丈目の言い方にむっとした顔で十代が返す。 「本当だって!」 「日なたでぬくぬくしてる子猫みたいな匂いがしたんだって」 暖かい日向で 幸せそうに眠る猫。 ふわふわで、抱き上げると温かい。 「何スかそれ」 「何だそれは」 「わかりずらいんだな」 口々に言われて十代はそれをなんと説明したものか少し考えた。 「何かこう、あったかい感じがしたんだよ」 しかしどう言っていいかわからず曖昧な表現になる。 上手く言葉が見つからない。 あったかくて やわらかくて とても 幸せな そんな感じ。 「本能のみで発言するな。もう少し脳みそを使って喋れ」 万丈目の辛らつな物言いに翔が笑った。 「日なたでぬくぬくしてる子猫みたいな匂い、なんて言われてもわかるか」 「そうなんだな」 隼人も万丈目に同意する。 「あーそういえばアニキはデュエルの匂いもわかるんだもんね」 「何だよお前ら、みんなして」 十代がむうと頬を膨らませた。 「ごめん、アニキ」 大袈裟に怒って見せると翔が笑いながら謝った。 益々大仰に怒ってる素振りで言う。 「全然悪いと思ってないだろ」 「あ、バレた?」 きゃらきゃら笑う翔を捕まえて頭を小突いてやる。 「やかましいんだよお前ら。少し静かにしろ。オレは食事中だ」 学食に遅く来たのだからまだ食べ終わっていないのは当然なのだが、此処でからかう対象は十代から万丈目に移行した。 さすが兄弟分、こういうときのコンビネーションは抜群だ。 「まだ食べてるの、万丈目くん」 「手伝ってやるよ」 トレイから副食をひょいと摘んでやる。 「盗るな!」 「じゃあボクプリンー」 「調子に乗るな!!」 翔も十代の真似をしてデザートでついていたプリンに手を伸ばしたがそれは万丈目に阻止された。 ひとしきり騒いで、まだ午後の始業時間まで間があるとみると十代は自分の机に突っ伏して昼寝をすることに決めた。 翔は万丈目と宿題を見せる見せないでまだ騒いでいる。 ぴょこぴょこと跳ねる後ろ頭を見ながら目を閉じた。 目を瞑ると遠くから雨の音が聞こえる。 ああ、雨が降っている。 でも 確かに 青い空を、みたんだ。 「アニキ、次クロノス先生の授業だよー」 寝に入った十代を見て翔が寄って来て言った。 「わかってるって・・・」 「予鈴が鳴ったらちゃんと起きてよね?」 「・・大丈夫だって・・」 念を押す翔の手が十代の髪に触れた。 ふわり、と温かい。 目を開けると其処に揺れる、癖のある髪。 よく晴れた、 空のような。 「・・・なぁんだ・・」 「アニキ?」 「なんでもない」 いきなりくすくすと笑い出した十代に翔は不思議そうに首を傾げた。 「やっぱ、晴れてるんだよ」 「まだそんなことを言ってるのか」 万丈目の呆れ声を無視して十代は嬉しそうに笑い続けた。 「明日も明後日もずっと晴れだぜ」 なんだかよくわからない、と言った風に首を傾げる空色の髪を十代はくしゃりと撫でた。 今日も明日もずっと オマエがいればいつだっていい天気。 END 十翔 ほのぼの(^_^) 翔が傍に居てくれるだけで アニキは幸せなふわふわな気持ちになれるんですよ。 2005.05.30
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