■「此処に居るから」(十翔)■ 十翔。迷路の出口はきっと。
迷路の出口が見つからない。
みんなが寝静まった夜中、トイレへ行って帰ってきた翔はベッドの階段を昇ろうとしてそれを踏み外した。 「わわっ」 たいした高さからではなかったし、慌てて階段の手すりにしがみ付いたためちょっと脛を打ったくらいですんだ。 少しぼんやりしていた。 考え事をしていたせいで。 「いて」 別に強く打ったわけではないから本当はそれほど痛くはない。 でもぶつけたらとりあえず「痛い」と口に出してしまうものだ。 それよりも毎日上り下りしている慣れた階段のはずなのに、踏み外したことの方がちょっと恥ずかしい。 もう一年近くも毎日使っているのに。 隼人くんもアニキも寝ててよかった、と翔が思った時、下の方で噴出す声がした。 見れば十代と視線が合った。 「アニキ、起きてたんスか」 見られていたのが恥ずかしくて殊更不機嫌な声になってしまう。 「わりぃわりぃ」 大して悪く思っている様子もなく布団から顔を出した十代は笑いながら謝ってきた。 「もう」 口を尖らせた翔は、ふと、十代が視線を泳がせたのに気がつく。 「・・・アニキ、眠れないんスか?」 十代は曖昧に頷いた。 ああ、アニキは不安なんだ。 翔から見ればいつでも自信満々な十代がこんな表情を見せるなんて珍しいことだ。 理由はわかっている。 大徳寺の失踪だ。 明日香の兄、吹雪を闇のデュエルへと誘ったのは大徳寺だという。 以前、課外授業と称して遺跡へ行ったことがあった。 そして奇妙な空間へと紛れ込み、そこで十代は翔たちの命を賭けて、墓守の長と闇のデュエルで闘った。 その前日、翔は今日のように夜トイレへ行き、寝ぼけて部屋を間違えた。 あの時、確かに大徳寺は何か怪しげな話を誰かとしていた。 そして遺跡へと誘ったのは大徳寺。 思えば最初に闇のデュエルを体験した、あの廃寮のことを教えてくれたのも大徳寺ではなかったか? セブンスターズとの闇のデュエルが始まってから、実は隣の部屋の同寮の生徒が敵だった、なんてこともあったのだ。 しかも人間ですらなく、精霊だったり。 疑いたくない。 大徳寺は、気弱だけれど、いい先生だったと思う。 けれど。 ぐるぐると、思考は空回りする。 出口を探して。 「大徳寺先生、何処行っちゃったんだろうなぁ」 「・・そうッスね・・」 十代の呟きに翔はそう返事を返した。 他になんと言えばいいかわからなかった。 「そうだ!」 「え?」 翔は階段から離れて十代の近くに来ると床にぺたんと座り込んだ。 いきなりベッドサイドに陣取られて十代が戸惑った声で問う。 「翔?」 身を起こそうとする十代を翔は両手で押さえつけた。 「アニキは、寝て!」 「おい、翔」 「いいから、手ぇ出して」 何がなんだかわからない、と言った感じでそれでも十代は言われたとおり手を差し出した。 翔はその手に自分の手を重ねた。 包むように。 だってアニキらしくない。 そんな不安そうなアニキ、みたくない。 見たくないから、自分に出来ることを。 「・・翔?」 「昔ね、ボクが怖い夢を見て眠れなくて、愚図ると、お兄さんがよくこうしてくれたんだ」 「『ここに居るから』」 手のひらから伝わる、温かさ。 其処に兄が居てくれる。 それだけですぐに眠りに落ちていくことが出来た。 安心できた。 「ボクじゃ役不足かもしれないけどさ」 おどけた様に笑う翔の手を十代はそっと握り返した。 「ありがと、な」 伏せた十代の表情は見えない。 だが、笑ってくれた、と翔は確信した。 十代は顔を上げると、突然翔の手を強く引いた。 「わっ」 引かれるまま翔の上半身は十代のベッドへと倒れこむ。 「どうせなら一緒に寝ようぜ」 「え」 にっこり笑って、十代が言う。 言いながらすでに身体は動いていて、軽い翔の身体を全部ベッドへと引き込んでいる。 「大事な翔に風邪でも引かせたらカイザーに恨まれちまうからな」 冗談とも本気ともつかない物言いに、翔は笑った。 いつものアニキだ。
十翔 先生がいなくなってアニキが結構へこんでたので。 でも翔はアニキの側に居るよ、みたいな(^_^) 大徳寺先生のことがはっきりする前に書いておきたかったのです。 ぎりぎりセーフ?(^^ゞ 2005.07.31
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