■大丈夫だから、と見送った夜(剣翔)■ ■ある5つの夜
翔だけには声を掛けていくかと思っていた。 けれど蓋を開けてみれば結局十代は誰にも告げずにこの学び舎を後にしていた。 気が付いた時には島の何処にもその姿は無かった。 「やっぱりねえ」 翔が笑う。 「リュックに手紙突っ込んどいて良かったでしょ?」 ナイス、ボク!と自分で自分を褒めている。 実際手紙を入れておこうと言いだしたのは翔で、他の者は其れに乗っかっただけだ。 誰もが其処までしなくても大丈夫だと思っていた。 一言くらい何か言ってから行ってくれるだろうと期待していた。 期待していた筈だった。 だけど十代が黙って出て言ったのを知った時、皆がやっぱり、と思った。 其れが冷たいとは思わなかった。 しかし置いて行かれた翔のことは気になった。 その翔は今、にこやかに笑っている。 ファラオも入れておいて良かった、なんて言いながら笑っている。 無理をしているようには見えない。 だからこそ気になった。 「丸藤先輩、大丈夫だどん?」 「え、大丈夫だよ。アニキは絶対そうするって思ってたもん」 心の準備は出来ていた、と翔は笑う。 「でも無理してるように見えるざうるす」 本当はいつもと同じように見える。 無理をしているとは思えない。 けれど丸藤先輩は本来、こういう時に笑えるタイプの人間ではないと思う。 感情のままに泣いたり笑ったり怒ったりする。 そんな処を好きになったのだ。 だからこんな風に大丈夫だよと笑われると心配になる。 「泣きたい時は泣いた方がいいどん」 「泣きたくなんか無いよ」 だって永遠の別れじゃないし。 「無理しないで欲しいざうるす」 「無理なんかしてないってば」 「嘘だどん」 「オレはずっと丸藤先輩を見ていたざうるす。丸藤先輩がアニキのことどれだけ好きか解ってるつもりだどん」 「五月蠅いなあ、剣山くんの癖に」 無理なんかしてない、と繰り返すその身体をそっと引き寄せる。 思ったよりも簡単に翔は腕の中に収まった。 「無理なんかしてないよ」 胸に顔を付けて翔はくぐもった声を出す。 「でも」 「やっぱりちょっと寂しいのかな」
剣山はただそう祈るだけだ。 剣翔 十←翔で剣→翔 最終回・アニキが行っちゃった後 寄せ書きとファラオが翔の案だったらイイナって
2013.11.16
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