■「見られたって平気」(剣翔)■

十翔前提で剣→翔。






「アニキー」
一年のHRがようやく終わって、ばたばたと二年の教室に走る。
覗き込んだ教室は、すでに人気がなくがらんとしていた。
「あれ・・?」
以前は二年の教室に潜り込んで、十代の隣で授業を受けていた剣山だったが、イエロー寮長の樺山が泣くので最近は真面目に自分の授業に参加している。
それでも帰りは十代と一緒に、と自分の授業が終わるとすっ飛んでくるのだ。
そんな剣山を、十代たちもいつもはちゃんと待っていてくれるのだが。
「アニキ、何処行っちゃったどん・・?」
剣山を置いて帰ってしまうような人ではない、と思う。
十代の姿を探してぐるり、と教室内を見回すと水色の頭を発見した。
近寄ると机に突っ伏して寝息を立てている。
翔が此処に居るということは、十代は多分教師に呼び出されたとか、そんなところだろう。
きっと待っているうちに眠ってしまったのだ。
剣山は自分も一緒に十代を待つつもりで眠る翔の隣の机に陣取った。
寝ている翔を見下ろす。
もともと年よりも幼く見える翔だが、こうやって目を閉じているとさらにその印象が強くなる。
 

とても年上には見えない。


こちらが何か言うとすぐムキになって言い返してきたり、小さいくせに身体の大きい剣山に掴み掛かってきたり、年上ぶってアレをしろコレをしろと命令してきたり。
『先輩』っていうのはもっと違うんじゃないだろうか。
顔を合わせれば喧嘩ばかりなのに、剣山がピンチの時には心配してくれたりするのだ。
まったくわけがわからない。
いや、わけがわからないのは自分の方だ、と剣山は思う。
気がつくと目が翔を探している。
視線の隅に翔を捕らえている。
コロコロと変わる翔の表情から目が離せなくなっているのだ。
自分でもどうしてなのかわからない。
剣山ははあ、とため息をついた。
見れば翔は剣山の様子など我冠せずといった様子で幸せそうに眠り続けている。
楽しい夢でも見ているのかもしれない。
「人がこんなに悩んでるのに呑気に寝てないで欲しいどん」
自分だけが悶々としているのが何だか理不尽な気がして、えい、と頬っぺたを突いてやる。
思ったとおりそれはぷにぷにと柔らかかった。
調子に乗ってその感触を楽しむ。
「んー」
翔が何か呟いたので、剣山は慌てて手を離した。
しかし目覚める気配は無い。
翔はむにゃむにゃと口の中で呟くとぺろり、と唇を舐めた。
エビフライを食べている夢でも見ているのだろうか。
そう思いながら剣山はその唇から目が離せなくなってしまった。



濡れて光る、それ。




「んー・・?」
人の気配に気がついたのか、翔がぱちりと目を開けた。
「うわっ」
慌てて剣山は身を引いた。
思ったよりもずっと近くで翔の顔を覗いていたことに自分で驚愕する。
とても近くに顔を寄せて、その寝顔を見ていた。



唇に引き寄せられるように。


「アニキ〜?」
まだ寝ぼけているのかぐりぐりと目を擦りながら十代を呼ぶ。
剣山はその間に何とか動悸を整えようとする。
「んー・・あれ、剣山くん。来てたの?・・アニキは?」
「ま、まだみたいだどん」
眠そうに目を擦っていた翔は、其処でようやく剣山の様子に気がついた。
「どうしたの剣山くん?何かヘン」
「いや、あの」
下から見上げる大きな瞳にどうやって誤魔化そうかと視線を彷徨わす。
「丸藤先輩が、ヨダレ垂らしてぐーすか寝てるからざうるす」
「えっ」
慌てて翔は口元に手をやる。
「ヨダレ垂れてたっ?!」
袖口で口を拭きながら翔は文句を言った。
「もう!そんなの見てないで起こしてよ!」
「間抜けに口を開けて・・見てるこっちが恥ずかしかったどん」
ようやくいつもの調子を取り戻してからかうように剣山は言った。
翔はむっとしたようにぷいと顔を背ける。


「別に剣山くんに見られたって恥ずかしくないもん!」


その言葉に剣山の動きが止まる。


自分のことなど、なんとも思っていないのだと言われた気がした。




好きなのは

特別なのは

アニキだけなのだと。




「アニキに見られたら、恥ずかしいと思うざうるす・・?」
思わず口に出していた。
自分に見られたってなんとも思わなくても、十代に見られたらそうではないのかと。
「はあ?」
剣山の問いに対して翔は何言ってるのさ、といった顔をした。
語尾が跳ね上がる。
「アニキなんてもっと恥ずかしくないよ。もう何回も見られてるもん」
だからもうどうってことないよ、と翔は続けた。
「アニキがヨダレたらして寝てるところも見てるしねー。剣山くんのも見てるよ、ボク」
「え、いつざうるす?」
慌てて聞き返した剣山を面白そうに見ながら翔は言った。
「朝、アニキを起こしに行った時とか。剣山くんイビキ五月蝿いよ」
「い、イビキなんか掻いてないどん!」
「掻いてるねー」
形勢逆転とばかりに、にひひ、と翔が笑う。
剣山が更に言い返そうとしたとき、教室の入り口から声がかかった。
「おー、悪い翔ー待ったかー?」
「アニキ!もう遅いよー」
その声を聞くなり、翔はぱっと立ち上がり荷物を掴んで駆け出した。
その素早さにちょっと感心する。


好きなのは、特別なのは、アニキだけなのだと。


その態度が雄弁に物語っている。



それでも無防備な寝顔を見られてもかまわない程度には、心を許してくれているのだと思った。
近くに居る事を、許してくれているのだと思った。


それが嬉しいと思う、自分に気がついた。


「おーい剣山くん帰るよー」
十代の隣で翔が剣山を呼んだ。
「もたもたしてると置いて帰っちゃうよー」
「今行くざうるす!」
返事をして、急いで駆け寄る。



好きなのは、特別なのは、アニキだけなのだと。



わかっている。




それでいいと思っているけど。





「でももう少し恥ずかしがった方がいいどん」

 

こっそり呟いた。

 

いつか自分だけに『特別』な反応をして欲しくて。

 

 

END

 





十翔前提で剣→翔って感じで(^^ゞ

 

無関心なのも嫌だけど
ちょっと「特別」な反応が欲しいなぁとか思ってしまう剣山くんなのでした(^_^)
自分だけに、ね。

ヨダレ垂らして寝てるの見られたら恥ずかしがれよって感じですが
まあそれは翔の強がりっていうか。
そんなの別に見られても平気だもん!みたいな。
別にホントにヨダレ垂れてたわけじゃないですが(^_^)

2006.04.03

 

>戻る