■「わけがわからない」(剣翔)■

剣→翔。まだ無自覚。







 
「丸藤先輩。こんな所で寝ていたら風邪ひくどん」
「んー・・」
オシリス寮の畳の上に転がってうとうとしている翔に剣山は声をかけた。
しかし聞こえているのかいないのか、翔はもぞもぞと向きを変えると再び寝息を立て始める。
「寝るなら帰って寝るざうるす」
イエロー寮の寮長樺山が泣くので、最近は比較的黄色寮へ戻って寝ている。
剣山が肩を揺すると翔はいきなりむくり、と起き上がった。
とはいえ覚醒している様子はなく、寝ぼけているようだ。
「・・・おんぶ」
翔は両手を剣山の方へ突き出した。
「は?」
聞き返すともう一度繰り返す。
「おんぶ」
「な・・・子供じゃあるまいし、自分で歩くどん」
剣山がおんぶを拒否すると翔はもう一度ごろんと転がった。
「じゃ、此処で寝る」
「〜〜っ・・!」
結局根負けする形で剣山は翔に背を向けた。




「まったく、わけがわからないどん」
ブツブツ言いながら夜道を歩く。
翔は小柄なため、さして重いわけではないが、良い様に使われているようでほんの少し面白くない。
だいたい日頃は年上ぶっているくせに、こんな風に甘えてくるなんてずるいと思う。
甘えるというか、ただの我が侭というか。
『おんぶ』
眠気のせいか、ほんの少し舌足らずな感じで呟かれた言葉をふと思い出した。
どき、と胸が鳴る。
背中の温もりを意識しないようにして、剣山は歩を早めた。


翔がこうやって我が侭を言う相手は自分だけだと思う。

十代にはそんな我が侭を言っている所を見たことがない。



自分、だけ。



そう思うと急にまた背中が気になってしまう。
気を紛らわせるために剣山は声をかけた。
「丸藤先輩、背中によだれ垂らしたら駄目だどん」
「んー」
いつもだったら「そんなことしないよ!」くらい言い返してきそうだったが特に反論もしてこない。
生返事を繰り返すだけだ。
却って背中を意識してしまう結果になって剣山はさらに寮へとスピードを上げた。


翔の部屋にたどり着いて、ベッドの上に降ろす。
ころりと転がった翔の口元が何かを呟いた。
「丸藤先輩?」
聞き返すと、小さいながらはっきりと翔が呼ぶのが聞き取れた。
「お兄さん・・」


小さな寝言。


ヘルカイザーは翔の兄だという。
剣山は在学中の『丸藤亮』を知らない。
学園に残るデュエルの資料や、人から伝え聞いた話でその輪郭をおぼろげに掴むだけだ。

ただ、結論として言えることは

翔が兄を

 

とても好きだということ。

 

 

眠る翔の頬を突きながら剣山は言った。
「オレは『お兄さん』じゃないざうるす」
翔が兄の代わり、などと思っているわけではないと思う。
だけど兄に本当はしたかったように自分に甘えているだけなのではないのだろうか。
小さな呟きから、そんな風に考えてしまった。
「面白くないどん」


手を伸ばせば届く距離に居るのに

心には届かないなんて。

 

自分は翔の兄ではない。

 



兄ニハ出来ナイコトヲ、シテヤロウカ。

 

 


これだけ体格が違うのだ。
力で押さえつけることは容易い。
自分の下に組み敷いて・・・・


其処まで考えてはっと手を離した。
今、自分はナニを考えていた?
「わけわかんないどん!」
自分の思考なのに、混乱する。
何を望んでいるのか、自分でわからない。

 


ともかく、このまま此処にいたらナニをしでかすかわからない。

危機感を覚えた剣山はそのまま翔の部屋を後にした。

 

 

 

END







剣→翔

剣山くん、脱兎(笑)


剣山くんは絶対イイ男になると思うけど
まあまだ経験値不足ってことで(^^ゞ

 
お姫様抱っこを書きたかったのに
翔の所望でおんぶになりました(笑)


 

2006.09.23

 

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