■「優しい手を知ってる」(亮翔)■ 亮翔。小さい頃の思い出。
温かい手を知っている。
冬の寒い日、学校帰りの公園で小さなネコを拾った。 縞々のネコ。 「かわいいー」 懐っこく寄ってくるネコを抱き上げる。 ネコは腕の中にゃあと鳴いた。 「まいごかなぁ」 呟いて、訊ねてみる。 「にゃんこのおうち、どこ?」 もちろんネコに訊いてみてもただにゃおんと鳴くばかり。 ふと見た先に段ボール箱を見つけた。 マジックの汚い字が躍る。 捨て猫だ、と確信した。 「うちのこになる?」 ネコは再びにゃあと鳴いた。 とても寒い日。 縞々の小さなネコ。 自分もかなり小さい方だからなんだか他人とは思えない。 鳴き声を了承ととって連れて帰ることにした。 「ママにおねがいしてみるね」 自分のマフラーをネコに貸してあげる。 ネコはマフラーに包まれてもう一度にゃあと鳴いた。 「にゃんこ、かってもいい?」 「・・そうねぇ」 訊ねると母親は困ったように語尾を濁した。 「おねがい、ママ。ちゃんとボクがせわするから」 どうもよい返事を貰えなそうな気配に、必死になって頼み込む。 「そとさむいよ、かわいそうだよ」 「ただいま」 玄関先で訴えていると、兄が帰ってきた。 お帰り、と母親が応じる。 「おにいさん、にゃんこかってもいい?」 味方になってもらおうとマフラーの中のネコを見せる。 「かわいいでしょ?」 小さな子猫は兄を見上げてにゃあと鳴いた。 とても愛らしい。 「駄目だ」 だが兄はにべもなく切り捨てた。 「どうして?!」 「・・駄目なものは駄目だ」 頭から反対されて、じわり、と涙が浮かんできた。 それはあっという間にぼたぼたと零れだす。 「翔、」 「いいよ!もう!!おにいさんのイジワル!!」 何か言いかけた兄の言葉を遮り、叫ぶ。 そのまま外へ飛び出した。 抱えたままのマフラーがにゃあと鳴いた。 ネコを拾った公園の滑り台は象の形をしていて、下の部分はドーム状になっている。 子供ならば数人は入って遊べる広さだ。 「ボクとここにすもうね」 此処ならば雨も風も防げるだろうと思って潜り込んだ。 しかし日が落ちてきたせいかかなり寒い。 「おにいさんひどいよね」 膝の上のマフラーがもぞもぞと動く。 「にゃんこはこたつでまるくなるどうぶつなのにね」 口を尖らせて兄への不平を述べる。 「さむいとこ、きらいなのに・・・くしゅん!」 ネコに話しかけていた言葉がくしゃみで途切れた。 ハナをすすりながらあたりを見渡す。 象のお腹の中はつめたいコンクリート。 「・・・でも」 「ここもあんまりあったかくないね」 ネコは同意するようににゃあと鳴いた。 とても寒い日に見つけた、縞々の小さなネコ。 こんな寒い日に外に居たらネコだって風邪をひいてしまう。 「おにいさんのイジワル・・」 呟くとまた涙が滲んできて手の甲でそれをぐしぐしと拭く。 我慢しようとしたけれど、それでも涙はどんどん出てきてしまう。 「ふえ・・っ・・」 ネコが、にゃあと鳴いた。 マフラーの中から身を乗り出して見上げてくる。 「・・・なぐさめてくれるの」 そうだ、とでも言うようにネコはもう一度鳴いた。 膝の上だけが温かい。 「翔・・・」 名を呼ばれて振り向くと、兄が象の中へ入ってくるところだった。 「おにいさん・・」 「やっぱりここだったか」 思わず膝の上のネコを抱きしめる。 その様子を見て兄は小さくため息をついた。 「翔、ウチではネコは飼えないんだ」 ゆっくり、言い聞かせるように兄が言う。 それでも納得は出来ない。 「どうして」 「かあさんがアレルギーだから」 「・・あれるぎーって何?」 わからない言葉を聞き返す。 兄は優しく意味を教えてくれた。 「目が痒くて涙が止まらなくなったりするんだ」 「だからウチでは飼えない」 きっぱりと言い切られて、再び涙が浮かんできた。 難しい言葉はよく理解できなかったが、母親がタイヘンなのだということはわかった。 それは、わかるけれど。 こんなに寒いのに。 腕の中でネコが鳴いた。 「その代わり」 「他に飼ってくれるうちを探してやろう」 兄の言葉に顔を上げる。 「寒いからな」 そう言って兄はちょっと笑った。 「おにいさん・・」 駄目と言われて咄嗟に飛び出してきてしまったが、別に『捨てて来い』と言われたわけではなかった。 そんな酷いこと、兄が言うわけはなかったのに。 ちゃんと話を聞けばよかったのに。 勝手に勘違いして。 それでも兄はちゃんと探しに来てくれる。 「ごめんなさい、おにいさん」 「別に誤らなくていい」 その台詞は素っ気無くも聞こえるけれど。 そうじゃないことはちゃんとわかってる。 泣いたことがちょっと恥ずかしくなって照れ隠しのように笑った。 兄も笑って手を差し出す。 「翔」 出された手を何の戸惑いもなく握る。 重ねた手はとても暖かかった。 ネコはマフラーに包まれてもう一度にゃあと鳴いた。 その手がとても優しいことを知っている。 END 亮翔 小さい頃の話っつーことで。翔が小一くらいかな。 お兄さんは昔から不器用さんであった、みたいな。 翔は「ママ」って呼ぶかなあと思ったのでそうしました(^_^) すぐネコを出したがるのは私の悪い癖です(笑) お兄さんもネコを拾ってきたことがあるんですよ、という脳内設定。 2005.05.15
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