完売した本からの再録。
「ねえ海馬くん、海に行こうよ」
いつものようにモクバの相手をしながら海馬の仕事が終わるのを待っていた遊戯が突然言い出した。
「・・・まだ寒いだろう」
何を言い出すのかと思えば。
海馬は手を休めずに少しあきれた声で答えた。
今は春の初め。
風も冷たい。
海外へ連れて行けというのならともかく、まだ海水浴という季節ではない。
「違うよ、夏になったら!」
「ずいぶん先の話だな」
「・・・だって海馬くん、はやく言っておかないとスケジュール空けといてくれないじゃないか」
遊戯はほんのちょっぴり口を尖らせる。
「兄サマ、オレも行きたい」
遊戯とカプモンのフィールドを挟んで向かい合っていたモクバが顔を上げて言った。
そのセリフに“我が意を得たり!”とばかりに遊戯が便乗する。
「ね〜!モクバくんだって行きたいよね〜!!」
「・・・モクバを抱き込むのはやめろ」
「でも行きたいよ、兄サマ」
「・・・・」
忙しい兄に遠慮するかのように、でもその実しっかり主張する弟に心の中でため息をつく。
どうしてこいつらはこんなに仲がいいんだろう。
海馬をやり込めるときの団結力と言ったら、これが“結束の力”か、と思うほどである。
だけど、嫌じゃない。
遊戯は社長室の隅に置いてあった小さな鉢植えのカバーをはずした。
藤で出来た鉢カバーだ。
そしてその籠にクリップの箱の中身を開けた。
何を始めるつもりなのか、と見ている海馬の前でその籠をゆっくり傾ける。
ざー・・・。
籠の中でクリップが行ったり来たりする。
「もうちょっと大きなザルか何かあるともっと感じが出るんだけどなぁ」
「海の音?」
「そう」
モクバが目を輝かす。
遊戯から籠を受け取ってモクバが今度はそれを傾ける。
ざー・・・。
ゆっくり、ゆっくり。
籠の中から、波の音。
昔、確かに聞いた音。
「うるさくするなら外でやれ」
しかし多忙な社長は人口波を楽しむ弟達を追い出しにかかった。
遊戯はモクバを促しておとなしくその言葉に従う。
「あと、どれくらい?」
一旦部屋を出た遊戯がドアから顔だけ覗かせて聞いた。
「30分」
「じゃ、となりで待ってるね」
扉が閉まるのを合図に海馬は仕事に集中する。
でも。
耳の中に、波の音。
海馬は少し手を止めて先ほどの約束を振り返る。
海へ行く約束。
遠いようで近い、未来の約束。
まだちゃんと約束したわけではないのだが。
その前に“30分”の約束を守るために海馬は仕事に戻った。
夏になったら。
END
割と気に入っているので再録してみました。
持ってる方はスミマセン。
・・大分前の本なので許してください
2002.10.15