■金木犀(海表)■

海表。
お誕生日に向けて。

 











金木犀が甘く香っている。



 

その香りの中でその人が振り返る。
 

もうすぐお誕生日ね。
何か欲しいものはある?



あの時オレが欲しがったものは・・・



 

 


「わあいい匂いだね!」
部屋に入るなり遊戯はくんくんと鼻を鳴らして言った。
子犬のようだ。
そのまま開け放たれた窓の方へ寄っていって歓声を上げる。
「金木犀だ!」
窓の外には金木犀。
丁度盛りの花がオレンジ色の小さな花をつけている。
「いい匂い〜」
窓辺で遊戯は深呼吸した。
「この花、ボク好きだよ。すごくいい匂いだよね」
窓の桟に手をかけたまま遊戯が振り返る。

金木犀の香りの中で遊戯が笑う。

既視感。
それは昔どこかで見た光景に似て。

懐かしい幻。

「花のことはよくわかんないけど」
遊戯はさらに言った。
「この花はちゃんと名前を覚えてるんだ」

「この匂いがすると秋だなあって思うんだよね」

秋に香る花。

今は思い出の中にしかいない人が好きだと言った花。
この花が咲くとすぐに瀬人の誕生日が来るわねと言った。
金木犀の香りの中でその人が振り返る。


もうすぐお誕生日ね。
何か欲しいものはある?




「どうしたの海馬くん」
窓から離れて、黙ってしまった海馬の傍らに遊戯が戻って来た。
「もしかして海馬くん金木犀嫌いだった・・・?」
心配そうに訊ねる遊戯に首を横に振ってみせる。
「いやそんなことはない」
「あ、よかった」
嬉しそうに遊戯が笑った。

ふわり、と金木犀の香りが揺れる。
遊戯が動くたびにその髪から甘い匂いが香る。

優しく。


「お前に、似ているな」


そう、思った。
普段はこれといって目を惹くものもない木なのに、この時期になるとその香りで人目を集める花。
小さな山吹色の花。
小柄で、華奢な風貌ながら、内に秘めたものは誰よりも強く。
・・目を奪われる。
視線を外せなくなる。

「ボク・・・臭い?」
「そうじゃない」
自分の腕を鼻のところまで上げてふんふんと匂いを嗅ぐ遊戯に思わず笑った。
「オレもあの花は好きだ」
言いながら遊戯を抱きしめる。

秋の花。

思い出の中の人が好きだと言った花。


腕の中のぬくもりが好きだという花。


金木犀の香りの中でその人が振り返る。
優しい笑顔。


もうすぐお誕生日ね。
何か欲しいものはある?

あの時。

弟が欲しいと答えた。


それは神様にお願いしてみないとね。



そう返事をして微笑んだ人は今はもういない。
馬鹿な考えだとは思うがあの時、もし違うものを欲していたらどうなっていたのだろう。


両親ハ去リ、欲シイト望ンダ弟ガ残ッタ。


人は欲張りな生き物であるから、出来ることなら全ての手を離したくなかった。
もし望めば手に入っていたのなら・・・



「海馬くん誕生日プレゼント何か欲しいものある?」
腕の中で遊戯が海馬を見上げて訊ねた。
唐突に問われて遊戯を見る。

昔見たものと違う笑顔。
だが同じように自分に向けられたもの。

「あ、ボクのあげられる物でだよっ?!」
海馬の沈黙をどうとったのか遊戯は慌てて付け加えた。

 

抱きしめた遊戯から金木犀の香りがする。

 

もうすぐお誕生日ね。
何か欲しいものはある?

 

 

 

 



お前が欲しいといったらどんな顔をするだろう。

 

 



 







 


金木犀が優しく香っている。

 

 

 

 

 



END


 



金木犀の香りを嗅ぎながらお誕生日ネタを考えていたらこんなことに。
おセンチな瀬人さんになってしまいました(^^ゞ
瀬人さんはそれなりに大きかったから本当の両親のことも覚えてると思うのですよ。


 

2003.10.15

 

 

 

>戻る