バレンタインネタ。
世界にひとつだけの花がある。
たった一つの花が。
「ごめん海馬くん開けてー」
扉の向こうから遊戯の声が聞こえる。
海馬はパソコンから顔を上げて立ち上がりドアを開けてやった。
「遊戯?」
「手が濡れてて上手くノブが回せなくてさ」
白い一輪挿しを両手で大事そうに持った遊戯が其処に立っていた。
そう言って海馬を見上げて笑う。
秘書室の隣にある給湯室で花瓶に水を入れてきたらしい。
遊戯はそのまま社長室の中を進みその花瓶を執務机の上に置いた。
海馬コーポレーションではあちこちに花が活けてあることも多い。
だが海馬はこんな一輪挿しには見覚えが無かった。
つまり遊戯が自分で一輪挿しごと持ってきたということ。
海馬自身は花を愛でる趣味が無かったので社長室には置かせなかったし、応接室などに飾るものはもっと大きな花瓶だからだ。
活ける花ももっと豪華なもの。
白い一輪挿しに活けてあるのは
白い薔薇とピンクの薔薇の2本。
「今日、バレンタインだからさ」
疑問符を浮かべながら花を眺める海馬を見て遊戯が言った。
「バレンタイン?」
海馬はさらに聞き返す。
遊戯の言葉にも海馬の疑問は深まるばかりだ。
「うん」
「外国ではチョコじゃなくて大切な人に花とか本とかあげる日なんだってさ」
確かに女性から男性へチョコレートを渡す日などと言っているのは日本くらいだ。
「しかも男の人からあげるんだって!!」
遊戯はものすごい大発見でもしたかのように力を込めていう。
なるほど。
其処でようやく合点がいった。
遊戯は背が低く、可愛らしい顔をしている。
自分でもそれをとても気にしていて女の子みたいだと評価されることを何より嫌がった。
だからバレンタインなどもチョコレートを持ってきたことなど無い。
だが外国では男性から送るものだと聞いてそれなら、と思い立ったのだろう。
とりあえず『大切』だとは思って貰えている訳だ。
海馬は笑った。
「花って結構高いんだねー」
さらに遊戯のおしゃべりは続く。
「でも海馬くんには絶対白い薔薇が似合うと思ったんだ」
「・・・このピンクのはどうしたんだ?」
「それはオマケして貰ったんだ」
白い薔薇は海馬。
ならばピンクの薔薇は・・。
「海馬くん?」
黙ってしまった海馬を遊戯が覗き込んだ。
つい、馬鹿なことを考えていた。
それを誤魔化すように意地悪な口調でさも残念そうに言う。
「・・今年はチョコレートをもらえるかと期待していたのだがな」
「嘘ばっかり!」
芝居がかった海馬の態度に遊戯が頬を膨らませた。
「海馬くんチョコあんまし好きじゃないじゃないかー!」
その遊戯の様子が可笑しくてくすくす笑うと遊戯はさらに口を尖らせる。
「まあオレはチョコレートなどめったなことでは食べないが」
言いながら机の引出しを開けて中から箱を取り出す。
「お前は、好きだろう?」
そう言って渡してやると膨れていた遊戯がとたんに満面の笑みとなった。
「ありがとう海馬くん!」
笑顔で礼を述べチョコの箱を受け取る遊戯を見るながら海馬は思う。
花が、開くようだ。
「・・食べていい?」
箱を胸に抱えて首をかしげながら訊いてくる遊戯に頷いてやる。
ソファに移動して嬉しそうにラッピングを剥がしながら遊戯が言った。
「そういえばさーこの間発見したんだけど」
「チョコって風邪に効くんだよ」
仕事に戻りかけていた海馬がパソコンから再び顔を上げた。
「それは新説だな」
そう返してやると自説を曲げる気はないらしくさらに遊戯は言い募る。
「本当だよ〜」
言いながら遊戯は丁寧に剥がした包み紙をたたむと楽しそうに蓋を開けた。
「この間クラスで風邪が流行ってるときにたくさんチョコ食べたらボクはひかなかったんだもん」
綺麗に並んだチョコレートを一粒口に放り込んで幸せそうに笑う。
それはナントカは風邪をひかないとか言うやつではないのか。
意地悪を言ってやろうかと思った海馬はその笑顔を見てやめておくことにした。
せっかくの笑顔をまた膨れっ面にすることもないだろう。
「チョコって栄養があるからだと思うんだ」
さらにもう一粒口に入れてもごもごと咀嚼しながら遊戯はさらに『遊戯説』を唱える。
「だから海馬くんも少し食べた方がいいよ?」
「・・そうだな。ひとつ貰おうか」
遊戯がさらに3個目に手を伸ばしたのを見て海馬は言った。
そのまま口を開けて待っていてやる。
その態度に遊戯はしばらく逡巡していたが持っていたチョコを海馬の口へ入れようと傍に寄ってきた。
其処を腕を掴んで引いてやる。
不意を付かれて倒れてきた遊戯の唇をすばやく自分のそれで塞いだ。
しばらくその甘さを楽しんでゆっくり放す。
「オレはチョコレートが好きではないから」
海馬は頬を染めて恨めしげに己を見る遊戯に楽しげに告げてやる。
「こうしないと食べてやらんぞ?」
「どーしてキミはそうなんだよぅ!」
腕の中の遊戯はさらに赤くなって口を尖らせた。
世界にひとつだけの花がある。
自分だけの大切な花が。
この、腕の中に。
END
相変わらずな社長(笑)
遊戯ちゃんの唱えている新説に根拠はありません(笑)私がチョコを食べている間は風邪引かなかったような気がしただけです。
2004.02.14