■花泥棒(海表)■

海表。
瀬尾ゆりさんからの122000HITリクエスト
「海表で小道具はお花」です。

 











出先から帰社するため車に乗り込もうとした海馬の目の前を白いものが横切った。
ふわり、と座席に舞い降りたそれを指先で拾い上げる。
「・・桜、か」
見上げれば満開の桜。
満開、というよりはもう盛りは過ぎてしまっているようでたくさんの花びらが風に舞っている。
咲いていることさえ、知らなかった。
仕事に追われて、気がつかなかった。
視界を染める桜に。
「・・・花の精に会っていないからか」
彼の人を花の精、と評したことに自分で苦笑する。
――――遊戯。
秋のある日、金木犀を伴って会社にやってきた。
小さいけれど香りで主張する山吹色の花。


暖かい色の、遊戯のような花。


其処に居るだけでこちらの心の中まで、ふわりと香るような。


放っておけば仕事のことしか考えなくなってしまう海馬を心配して、遊戯は様子を見に来る。
遊戯の顔を見て、海馬は季節を知るのだ。
例えば金木犀の花で秋を知ったように。
自分の誕生日を思い出したように。

しかし此処のところ本当に仕事が忙しいと知ってか、遊戯は顔を出さない。
海馬の邪魔だけはしたくないと考えているのだろう。
だが。

そろそろこちらが限界だ。

今、何処に居るのだろう。
電話をして呼び出してみるつもりで携帯を取り出す。
かけようとして、手を止めた。
目の前を遊戯が歩いているのを発見したからだ。
「海馬くん」
声をかけようとした海馬より早く遊戯がこちらを見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今、会社へ行こうと思ってたんだ」
「・・・そうか」
海馬を見上げて笑う遊戯に知らず口元が緩む。
桜並木の下を歩いてきたらしく遊戯の髪にも服にも沢山の花びらがついていた。
それを取ってやろうと手を伸ばした海馬は遊戯が手に持っている枝に気がついた。
「どうしたんだ、それは」
「あ、これ?」
遊戯は枝を胸の処まで持ち上げて見せた。
「酔っ払って折っちゃった人がいたらしくってさ、落ちてたから拾ってきたんだ」
言いながらその枝を海馬の方へ差し出す。
「海馬くんに見せようと思って」

「忙しくて、桜も見てないんじゃないかと思ったから」

そう言って、薄いピンクの花の向こうで遊戯が笑う。
視界が薄桃色に染まる。
ああ、と思った。
花の精になぞらえたのもあながち間違いではなかったようだ。


季節を告げに来る花精。


笑う海馬を遊戯は不思議そうに見上げた。
「何?」
「いや、なんでもない」
訝る遊戯を促して車に乗せる。
さすがに面と向かって花の精呼ばわりするのも気が引ける。
「ふうん?」
納得したのかしないのか、その話は其処で終わり、会社へ向かう車内で遊戯は持ってきた桜の話を始めた。
「それにしても酷いよね、折っちゃうなんて」
桜が可哀想だよと遊戯は口を尖らせる。
「桜は切っちゃいけないんだって」
じいちゃんが言ってたんだけど、と前置きしてさらに遊戯は言った。
「昔から『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』って言うんだって」
「桜は枝を切らないほうが良いというな」
反対に梅は枝を切ってやったほうがいいらしい。
海馬も聞きかじりではあるがそんな話を聞いたことがある。
「それなのに折っちゃうなんて酷いよね」
同意を求める遊戯に海馬が言った。
「オレがちゃんと愛でてやろう」


「もうひとつの花を一緒に、たっぷりとな」


「もうひとつの花?」
「ああ」
遊戯が小首を傾げた。
海馬はにやりと笑って頷く。
「手折った、という時点で、その酔っ払いと同罪かも知れんがな」
「海馬くんも桜を折ったの?」
遊戯が不安そうに尋ねる。
「いや、桜ではないが」

「だが昔から」


「花泥棒は罪にならんというからな」

 



海馬はそう言って遊戯の髪に残っていた花びらを取ってそっと口付けた。

 

 



END

 





瀬尾ゆりさんからの122000HITリクエスト
「海表で小道具はお花」です。

社長には遊戯ちゃんがお花の精に見えるんですってよ!
とんだロマンチストです(笑)
いや私が悪いのか。すまない社長・・・。
花泥棒は罪ですよ!(笑)
武藤さんちの大事な一人息子食っちゃったんだし(笑)

にしてもすっかり桜の季節は終わってしまって申し訳ないです(^^ゞ
小道具指定があると実はめっちゃ書きやすかったり。
その割に時間かかってすいません。

リクエストありがとうございました。




 

2005.04.29

 

 

 

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