新品 (海表)
機種変をした。
新しい携帯を手に遊戯はご機嫌で町を歩く。
行き先はもちろん、この町の中心ともいえるビル。
前の携帯を買ったときはとにかく何でも良かった。
忙しい同級生とどうしても連絡を取りたくて、なんとかしてその手段が欲しくて。
電話だと多忙な彼の負担になるかもしれない。
でもメールなら。
手の空いた時にちょっと読んでもらうくらいなら。
そう思って。
だからメールさえ出来ればそれでよかった。
なるべく早く手に入れたくて、一番安いものを買った。
お小遣いの範囲内で早く手に入るなら何でも良かった。
機能や色形は2の次だった。
メアドの登録が上手く出来なくて本人に入れてもらったのも今では懐かしい。
今度の携帯は、いわば一目惚れだ。
海を思わせるような綺麗な青。
手に馴染むフォルム。
機能はどうせ使いこなせないだろうから特に問題にはしていない。
とにかく、その色が気に入ったのだ。
同級生――――海馬瀬人の瞳を思い起こさせるようなその青が。
歩きながら遊戯は海馬にメールをした。
もちろん新しい携帯に変えたことの報告メールだ。
新品の携帯から、一番最初に海馬へとメールが送信される。
『海馬くん、元気?久しぶり。ボク新しい携帯に変えたんだ。とってもきれいな色なんだよ。番号とかは変わってないから。遊戯』
歩きながらでは、ゲーム以外ではそれほど器用ではない遊戯は長文が打てなかったので、それで送信した。
よく考えると機種変しただけなのだから番号が変わってないのは当たり前な気がする。
「・・まあいいか」
可笑しくなってちょっと笑いながら更に遊戯は進む。
海馬コーポレーションへと。
遊戯は海馬コーポレーションの前で待ち伏せをする気だった。
海馬を思わせる青い携帯の待ち受けに、どうしても海馬の写真が欲しくなってしまったのだ。
撮らせて欲しい、と言った所で素直に撮らせてくれるような性格はしていない海馬だから、こっそり激写してしまうつもりだった。
「上手く撮れるかなぁ」
遊戯はゲーム機などの扱いは上手かったが、その他の機械類にはそれほど長けてはいない。
どちらかというと鈍くさいほうだ、と自分でも思う。
カメラなど、ピンボケ写真ばかりでまともに撮れたためしがない。
そのため前の携帯にも一応カメラが付いていたにもかかわらず使ったことが無かった。
でも今回の携帯にはなんとしても海馬の待ち受け画面が欲しい。
「頑張ろう!」
遊戯が気合を入れなおしたとき、海馬が社屋から姿を見せた。
慌てて携帯を構える。
カシャーカシャーと連続でシャッター音が鳴り響いた。
「わあっ」
先ほど弄っているときにうっかり連写モードにしてしまったらしい。
慌てて見てみたがやはりどれもボケた写真になってしまっていた。
「あーあ・・」
「何をしている」
がっくりと項垂れた遊戯の頭上から不機嫌な声が降ってきた。
「海馬くん」
遊戯は誤魔化すようにえへへと笑った。
「新しい携帯の待ち受けを海馬くんにしたくってさ」
「ふん」
海馬は鼻で笑った。
「ならばオレの待ち受けもキサマにしてやろう、遊戯」
「え、いいよっ」
断る間もなく遊戯は黒服連中に押さえ込まれてやたらと写真を撮られてしまった。
散々写真を撮られたにもかかわらず、自分の目的は達成出来なかった。
撮るだけとって海馬はまだ仕事が残っているからと車に乗り込んで行ってしまったからだ。
「ずるいよ海馬くん」
自室のベッドの上で遊戯はぶぅぶぅと文句を垂れる。
結局撮れた写真と言ったら最初のピンボケ連写だけた。
仕方なくそれを見返してみる。
どれもぶれてしまっていて携帯の壁紙にするにはイマイチだ。
「あれ・・?」
それでも唯一撮れた写真だから、何度も見返してみる。
そして、ふと気がついた。
よく見ると最初の方の海馬と、最後の方の海馬と、まるで表情が違うのだ。
最初は写真を撮られていることに気がついて、厳しい顔。
何処かのゴシップネタを扱う雑誌の記者だとでも思ったのだろうか。
でも、それがだんだんと優しい顔になっていく。
写真を撮っているのが遊戯だと気がついた、顔。
唇が「ゆ う ぎ」と形作っているのがわかった。
自分の名を呼びながら、優しく笑う海馬。
「あーピンボケなんて勿体ない!!」
遊戯はベッドの上でごろごろと転がった。
それからそっと呼んでみる。
「・・・海馬くん」
きっと自分も今、優しい顔をしている。
遊戯は大事そうに携帯を抱え直した。
またひとつ新しい宝物が増えた。
END
そうやってまた惚れ直したりするわけです(笑)
お題は此方から
■十二ヶ月を巡るお題■
宿花(閉鎖されました)
2006.04.17