■流れ星2(海表)■

海表。
仲良くなりたい遊戯ちゃん。













遊戯は閉館時間の迫った図書室で本を読んでいた。
読んでいる、と言っても机の上に広げられた本はさっきからそのままで1ページも先に進んだ気配はない。
そもそもこんな時間に遊戯が図書室にいること自体、めずらしいのだ。
遊戯は勉強が得意な方ではなかったし、本を読むことは別に嫌いではないがそれより自分の好きなゲームをしている方が好きだったから。
そうしてフリだけをしながら遊戯はさっきから入り口の方ばかり気にしていた。
本に視線を落として読んでいるようなそぶりは見せるのだがすぐにチラ、と扉の方に目が行ってしまう。
扉が開くのを待っている。


だって絶対来るはずだから。



**



何故、その本を借りたりしたのだろうか。
モクバが興味を持っていたことをたまたま思い出したのは事実だが、別に学校の図書室で借りたりしなくても良かったのではないかと思う。
忙しい合間を縫って久しぶりに出てきた学校の図書室で、偶然見つけて借りた本。
すっかり忘れていたその本の催促に来たのは。


『武藤遊戯』



**




図書室のドアが開くと同時に遊戯は立ち上がった。
その先に待っていた人物を見つけたから。
「海馬くん!!」
ガタン!というイスの大きな音と遊戯の声に図書室の先生が顔を顰めた。
口の前で指を立ててみせる。
「ここは図書室よ」
先生の注意に遊戯は首をすくめて小さな声で謝った。
それからそおっとイスを直して海馬のところへやってくる。


「海馬くん、今日は絶対来ると思ったから、待ってたんだ」
海馬の反応を待たずに続ける。
「図書室の先生にもそう言ったら待っててくれたんだよ」
そう言ってにこ、と笑って見せたけど海馬はあいかわらず親の敵でも見るかのような視線を投げてきただけだ。



**




「海馬くん、今日は絶対来ると思ったから、待ってたんだ」



海馬は目の前の『武藤遊戯』を見下ろした。
確かに今日は仕事の都合が付き次第本を返しに来るつもりだったが。
“絶対来る”と思うのは遊戯の勝手だし、なんと思おうがかまわないが何故それで“待っていた”なのだろうか。
よくわからない。
その発想が理解出来ない。
何故こんな風に笑顔を向けてくるのだろうか。
(よほどの馬鹿か・・・)


海馬が本を返却している間、遊戯はその後ろでおとなしく待っていた。
それでもその気配が海馬には気になって仕方がない。
『待っている』のが目的だったのなら、それはもう達成されたはずだ。
さっさと帰ればいいではないか。
よほどそう言ってやろうかと思ったがそれも面倒で無視することに決める。
「はい。忙しいだろうけどこの次は気をつけてね」
「・・・はい」
ありきたりな注意を受けて形式的に軽く頭を下げると海馬は踵を返した。
その後をトコトコと遊戯がついてくる。
と、図書室の先生に呼び止められた。
「武藤くん、ちょっと手伝ってよ」



**




「武藤くん、ちょっと手伝ってよ」
遊戯は行きかけた足を止めて振り返った。
「この本、棚に戻しておいてよ」
先生はこの本、と今海馬の返した本を指で指した。
自分はなにやら仕事があるようだ。書き物をしている。
少しでもはやく片付けて帰りたいのだろう。立ってる者は親でも使え、と言った感じだ。
遊戯は用事を言いつけるには最適な人物だった。
しかしその間も海馬は足を止めることもなく図書室を出ようとしている。
「か、海馬くん、ちょっと待って」
遊戯が慌てて呼び止める。
先生はちょっと顔を上げて遊戯の様子を見た。
「武藤くん、その本どこの棚だかわかる?」
「いえ」
遊戯はそれどころではない。
海馬はもう廊下に出ようとしていた。
「海馬くん、場所教えてあげて」


会いたかったから、待っていた。
会えたのだからそれで満足なはずなのに。
それなのにもっと欲が出てる。

もっと話したいと思ってる。


**



「海馬くん、場所教えてあげて」
先生の言葉に図書室から出掛かっていた海馬はようやく歩みを止めた。
「・・・はい」
「ごめんね、手が離せないのよ」
「いえ」
何故オレが、という思いはあるが仕事で忙しくめったなことでは学校に来れない身だ。逆らうのは得策ではない。
ならば早く済ませてしまうに限る。
「ごめんね、海馬くん」
本を抱えた遊戯に返事もせずに先に立って歩く。
「ここだ」
「ありがとう!」
棚の前で指差してやると遊戯は嬉しそうに笑った。
そんなことでこんな風に笑われても、海馬にはどうしたらいいかわからない。
遊戯が何を考えているのかわからない。
そのまま帰ってしまっても良かったのだが、海馬はそうはしなかった。
遊戯がどうするか興味があった。意地の悪い意味で。
遊戯の身長はかなり低い。
そしてその本の棚は少し高いところにあったのだ。
わざわざ案内をさせるくらいなら最初から遊戯でなく海馬に頼むべきではないだろうか。
届かないということはないだろうが。
そんな考えが浮かんで海馬は自分で少し驚いた。
届かなかったらどうだというのだろう。

そんなことは自分には関係ないではないか。



**




「ありがとう!」
そう言って遊戯はその棚に本を突っ込もうとした。だが本来その棚にあるべきではない本が入っているため、棚はぴっちりでなかなか入れることが出来ない。
無理矢理入れたはいいが途中で引っかかってしまいそれ以上入らない。
「う〜ん・・・」
困った遊戯は1回本を出そうとした。しかしそれも出来ない。
気ばかりが焦る。
早くしないと海馬が帰ってしまう。
思いっきり力を入れて引っ張ったその時。
本は引き抜かれた。
「わっ・・」
本が抜けたのはいいがその勢いでばさばさと周りの本が落ちてきた。
それは背の低い遊戯の上に降り注ぐ。
一瞬のことだった。
遊戯は腕を取られて後ろに引きずられる。
床に落ちた本を見てかなり重そうで当たればそうとう痛かっただろう、と思う。
遊戯はまだ自分の腕をつかんだままの海馬を見上げた。

「ありがとう、海馬くん」




**



「ありがとう、海馬くん」
「別に、助けたつもりはない」
助けたつもりは毛頭なかった。
ただ手が動いただけだ。
何故なのかは自分でもわからない。
それでも遊戯は嬉しそうに笑うのだ。
・・・わからないことだらけだ。


散らかった本を片付け正門前に待たせてあった車に乗り込むまで海馬はもう口を開かなかった。
それでも車までついて来た遊戯は車中の人となった海馬に向かって手を振った。
「海馬くん、またね!」
やっぱりわからない。
何を考えているのか。
(やはり、よほどの馬鹿だな)
海馬はそう決め付けた。


それでもその馬鹿の考えていることが気になるのはどうしてなのだろう。
わからないことが増えるばかりだ。



耳の奥に遊戯の「ありがとう」という声が残っていた。









END

 



まだ仲良くなり始め。
なんか気になる。其れはすでに恋デス(^_^)

 

2001.02.12

 

 

 

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