仲良くなり始め。
教師に軽く頭を下げて、海馬は職員室の扉を開けた。
そのまま廊下に出たところで聞き覚えのある声が飛んできた。
「まって、閉めないで!」
見れば両手いっぱいに本だの、ノートだのを抱えて特徴のある頭がやってくる。
武藤遊戯。
海馬にとって理解しがたいイキモノだ。
無視して閉めてしまおうかとも思ったがそれも大人気ない、と考え直した。
どうせまたいいように用事を言いつけられて断れなかったのだろう。
図書室での一件をちらと思い出す。
山ほどの荷物が海馬の推理が正しいと証明している。
「ありがとう、海馬くん」
心ならずも扉を開けて待っていてやる羽目になってしまった海馬ににっこりと礼を言って遊戯は職員室に入って行った。
何を考えているのかさっぱりわからない。
何故たかだか扉を閉めるのを少し待ってやっただけで人にあんな笑顔を向けることが出来るのか。
多分馬鹿なのだ。
そうとしか考えられない。
相手にするだけ労力の無駄だ。
海馬は職員室を後にした。
「ちょっと待って、海馬くん!」
遊戯の声が追ってきたが今度は無視してやった。
門のところまで来て海馬は足を止めた。
ゆっくり左右を見渡す。
今日はこれから会社に行くつもりだったのだが迎えの車がまだ来ていないようだ。
時間は過ぎているのに。
「海馬くん」
その間に遊戯に追いつかれてしまった。
「ねぇ、今日は車迎えに来ないの?」
海馬は横に並んできた遊戯を見下ろしたが返事はしなかった。
少し考えて、それから大通りに向かって歩き出す。
「あ、待ってよ海馬くん」
学校の前の道は狭いので大通りで迎えを待った方がいいと思ったのだ。
その方がはやく社につくはずだ。
忙しい身なのだ。
理解出来ない奴に付き合っているヒマはない。
それなのに遊戯はさらに海馬の後を追って来る。
「お迎え来ないなら途中まで一緒に帰らない?」
海馬の足がさらに速くなる。
何故、遊戯と一緒に帰らなくてはならないのか。
第一、家の方向も違う。
海馬には遊戯の考えがわからない。
方向が違うことはわかっているはずなのに、それでも一緒に帰ろうと言って来る遊戯がわからない。
わかりたくもないはずなのに。
・・・気になっている・・?
そのとき、通りの向こうに迎えの車を見つけた。
海馬は少なからずほっとしている自分に気づいていた。
心の中で遊戯があまりにも鬱陶しいからだ、と思う。
それもなんだか自分に言い訳をしているようで腹立たしかった。
遅れたことで社長である海馬に咎められると思っているのだろう、車は狭い道をかなりのスピードで走ってくる。
海馬は足を止めた。
「海馬くん、待ってよ」
海馬が早足になったことでおいていかれた遊戯が海馬の丁度後ろに来た。
そしてさっきのように横に並ぼうとする。
海馬より大分小さい遊戯の位置からは、スピードの出ている車が見えなかったらしい。
海馬は遊戯の腕を強く引いた。
「わ・・・」
海馬の横に出ようとしていた遊戯は反対の方向に引かれてバランスを崩した。
よろけて、海馬に寄りかかる。
「社長、遅れて申し訳ありません!」
車から出てきた黒ずくめの男が謝罪を始めた。
「・・・急ぐぞ」
「はい」
海馬は遊戯を突き放すようにして車中の人となった。
遊戯は再びよろけたが車の中の海馬に呼びかける。
「海馬くん!」
遊戯の声にまだ何かあるのか、と海馬は車内から遊戯を見た。
「ありがとう、またね!」
嬉しそうな、顔。
はっと、した。
図書室の時もそうだった。
別に助けるつもりがあったわけではない。
海馬コーポレションの車が歩行者に怪我をさせたなどという噂が困るからだ。
それは確かに事実なのだが。
しかし、真実ではないと海馬自身が知っていた。
あの瞬間にそんなことまで考えてなどいなかった。
ただ、身体が動いただけ。
何故?
「・・・車を出せ」
海馬は低く運転手に命令した。
「はい」
車は狭い道を一旦学校の前まで行き、そこで方向を変えて来た道を戻る。
遊戯はまだそこに居た。
遊戯を追い越して大通りへ向かう。
バックミラーの中の遊戯が動いた。
「止めろ」
突然、海馬が言った。
「は?」
「止めろと言っている」
「は、はい」
慌てて止まった車から海馬は飛び出していた。
「足を捻ったのか」
「あ、大丈夫。たいしたことないし」
怒ったような海馬の言葉に遊戯は焦って答える。
「たいしたことないかどうかは医者が決める」
海馬は遊戯を抱えあげた。
「な、何?!」
「医者に見てもらう、一緒に来い」
「ちょっと海馬くん、ボク自分で歩けるよ!降ろして!」
遊戯の抗議は海馬に届かなかった。
「オレは忙しい。お前がもたもた歩くのなど付き合ってられるか」
そう言いながら後部座席に遊戯を放り込み、続いて自分も乗り込んだ。
「ウチの社の車が怪我をさせたなどと言いふらされてはたまらないからな」
自分に言い聞かせているようにしか聞こえないが、それでも言わずにはいられなかった。
「そんなことしないよ」
遊戯は口を尖らせたが、すぐに破顔した。
「でも、ありがとう。心配してくれて」
「・・・心配などしていない」
「だって気にしてくれたから、足捻ったって気が付いたんでしょう?」
ふざけるな、と言いたかった。
心配などしていない。
だが、ミラーを覗いていたから遊戯の様子に気がついたのだ。
気になって、いるのだろうか。
遊戯ことが。
「出せ」
海馬の声で車は発進した。
車内から掛かり付けの医者に電話をかける。
わからないのは、自分のこと。
何故、こんなに遊戯が気になるのか。
「お帰りなさい、兄さま!今日は会社に行くんじゃなかったの?」
玄関先に車がつくとモクバが飛んできた。
しかし遊戯を抱えて車を降りる兄に驚いたようだ。
ここでも遊戯は自分で歩けるとごねたが海馬は相手にしなかった。
「・・医者、来てるよ」
医者の都合もあるので自宅に来てもらうように連絡を入れたのだ。
リビングに居るというので遊戯を抱えたまま移動する。
「ねぇ、もう今日はお仕事行かないの?」
「いや、すぐ出かける」
「・・なんだ。つまんないの。・・新しいカプモンが手に入ったから兄さまに見せたかったのに」
残念そうなモクバに後でな、と約束する。
守られるかどうかわからない約束だったがモクバは満足したようで両手のふさがった兄のためにドアを開けてくれた。
リビングから楽しげな声が聞こえてくる。
会社から戻った海馬は眉を顰めた。
もうかなり遅い時間だし、治療が終わったら送ってやれ、と言って出た筈だったのに。
「もう一回〜!」
「いいよ、じゃあ今度は陣地代えてみる?」
・・・ゲームをしている、気配。
部屋の扉を開けるとそこに居たのはやはり遊戯だった。
そしてモクバ。
「あ、兄さま」
「お帰りなさい、海馬くん」
「何をやっている」
海馬の剣幕にモクバはおろおろしている。
「カプモンだよ、海馬くんもやる?」
「誰が!」
「ごめんなさい、兄さま。新しいのやってみたくて・・そしたら」
「ボクもやりたかったから、対戦してたんだ。モクバくんが悪いわけじゃないんだ」
モクバが懸命に言い訳するのに軽くため息をつく。
遊戯がモクバを庇おうとするのも気に入らない。
「・・・いいからもう帰れ」
「あ、うん。・・・でもあと1回、いいかな?」
海馬の返事を待たずに遊戯は続けた。
「モクバくんも勝ち逃げされちゃヤダろうし」
「兄さま・・・」
モクバにこうやって見上げられては海馬も折れるしかなかった。
ゲームを始めた二人を海馬は仕方なく観戦する。
終わったらすぐに追い返さなくてはまだ何回でもやりそうだったからだ。
遊戯は。
本当に楽しそうにゲームをする。
勝ち負けなど関係がないかのようだ。
そしてそれにつられるかのように、モクバも楽しげなのだ。
そんな気持ちは忘れていた。
ゲームが楽しいなんて。
「海馬くんもやらない?」
突然、声をかけてきたので海馬は驚いて遊戯を見た。
まるで考えていたことを見透かされていたようで。
「いいから、終わったならさっさと帰れ!」
その動揺を隠すために強く言ってやる。
「・・・じゃ、モクバくんまたね!」
遊戯は気にした様子もなく海馬が用意させた車に乗って帰っていった。
帰った後で遊戯の最後の言葉に気づく。
「また来る気なのか、あいつは」
鬱陶しい、と思いながらそれでも前ほど嫌な気持ちではない。
自分でもそれが不思議だった。
END
だんだん仲良く・・
大変じれったい(笑)
2001.03.12