夢見月(ゆめみづき) 温んだ水。少しだけ遠い背中。寂しがり屋も卒業。
学校帰り、目の前が突然暗くなって、遊戯は顔を上げた。
「このオレを無視するとはいい度胸だな遊戯」
「海馬くん!」
歩く遊戯の前に仁王立ちになり、進路を阻んでいたのは海馬だった。
出席日数や単位などの都合でアメリカから戻って来ていたのだ。
一応、高校を卒業しておく気はあるらしい。
「ごめん、聞こえなかったんだ」
耳に入れていたイヤホンを外して遊戯は謝罪した。
「歩きながらそんなものを聞いていては危険だろう。何を聞いていたのだ」
「人気プロゴルファーもお勧めの英語の教材だよ」
聞き流すだけで英語がマスターできる、などという謳い文句で有名なアレだ。
「遊戯」
心底憐れなモノでも見るかのような目で海馬は言った。
「貴様、英語も喋れんのか」
海馬にとって英語はすでに母国語レベルのものであるらしい。
だが悲しいかな、遊戯にとっては違う。
「・・・海馬くん、ボクの英語の成績知ってる?」
喋れる訳が無いでしょう、ボクは日本人なんです。
「その『日本人』が何故今更英語を学ぼうとしている?」
今更、と海馬が言うのも無理はない。
もうすぐ高校生活も終わりを告げる。
日本で普通に暮らして行く上で、残念ながら英語というものはもうそれほど使う機会もないだろう。
本の上で学んだ英語ならば尚更。
今更何を、という海馬の言葉は正しい。
けれど。
「見送るのは、もう嫌だから」
誰かの背中を見送るだけはもう嫌だ。
嘆いても、手を伸ばしても、届かない処まで還って行ってしまった大好きな人が居る。
何もしないでただ其処に居なくなった人を思っているだけなんて、もう、そんなことしたくない。
努力すれば追いかけることが出来る処に、居るのに。
「だから、追いかけることにしたんだ」
待っていないで追いかける。
そして必ず追いついて見せる。
遊戯の言葉に海馬はにやりと笑った。
「本当に喋れるようになりたいのなら、実践が一番だぞ」
「うん、そういうよね」
遊戯は頷いた。
喋れなければ死活問題になる、そういう状況へ自身を送り込むのが一番の近道だ。
つまり、後先考えず単身渡米してしまう、ということ。
出来ればそれは最終手段にしたいものだが。
「まあ本当に切羽詰まったら、コネを最大限に利用させて貰おうとは思ってるよ」
その時はアルバイトでも紹介してよ。
軽い調子で付け加えると、海馬は鼻で笑った。
「アルバイトだと?」
それからいつもの高笑いをして言った。
「ふざけるな、海馬コーポレーションに重役扱いで召し抱えてやるわ!」
「いやあの、そんな重要ポストでなくていいんだけど」
丁重に遠慮してみたが海馬には通じなかったらしい。
簡単に一蹴された。
「決闘王を下っ端扱いなど出来るか!」
「ちょ、待ってよ海馬くんってば!」
相変わらず人の話を聞かない海馬を追いかけて遊戯は走り出した。
一緒に歩く、その為に。
END
海表
社長を追いかけて渡米します。
お題はこちらから
Fortune Fate
2011.03.27