涼暮月(すずくれづき) 雨音。紫陽花。相合傘で濡れた肩。
雨は嫌いじゃない。
この時期に生まれたせいだろうか。
梅雨に入り、今日も雨だったが、遊戯の機嫌は良かった。
仲間たちが皆バイトだなんだと先に帰ってしまったのは少し残念だけれど、今日は良い事があった。
何時もほとんど学校へ来ない海馬が教室に顔を見せたのだ。
お喋りが出来たらもっと嬉しかったのだが、それは叶わなかった。
しかし顔を見れただけで良しとしよう。
そう思いながら傘を広げる。
校門を出て少し行ったところで呼びとめられた。
「遊戯」
「海馬くん!どうしたの?」
遊戯の疑問は尤もだ。
海馬の登下校は当たり前のように車で送迎だ。
こんなところで傘を差して立っているなんて何事かあったのだろうか。
遊戯の問いには答えず海馬は言った。
「携帯を手に入れたそうだな」
「あ、うん。そうなんだ」
店番をして家の手伝いをして祖父ちゃんを拝み倒して携帯を手に入れた。
その話を休み時間に城之内たちにしていたのだが、気のない素振りをして聞いていたらしい。
此れはチャンスだ。
携帯が欲しくて堪らなかったのは、滅多なことでは学校へ来ない同級生との連絡手段があったら、と思ってのことである。
最初の出会いが悪かったせいもあって、家電を使うのは気が引けるのだ。
それでももう少し仲良くなれたら、なんてつい考えてしまう。
気軽に電話出来るような仲になれたらイイナ、などと思ってしまう。
海馬はゲームが好きで、デュエルも強くて。
モクバが言うには、子供が無料で遊べる遊園地を作るのが夢だと言う。
素敵な夢だ。
普段の海馬が天上天下唯我独尊を地で行くような性格をしていたとしても、そんな人と仲良くなりたいって思うのは当然だと思うのだ。
だから向こうから携帯の話題を振ってくれたのは、遊戯にとって有難いことだった。
さり気なく、こう、メアド教えて貰えない?って頼んでみよう。
そう思って口を開こうとした遊戯より先に、海馬が言った。
「番号を教えろ」
「えっ」
「早くしろ」
「あ、うん!!」
慌てて背負っていたリュックから携帯を取り出すが、傘を持っているせいか上手く操作が出来ない。
リュックをもう一度背負ってしまってから操作すればいいのだろうが、海馬の方から番号を聞いてくれるとは予想外もいいところだったので、少しパニくっている。
と、急に傘を取り上げられた。
自分の傘は肩と首で挟んで、遊戯の傘を差し掛けてくれる。
「あ、ありがとう」
何とか赤外線通信の準備を終えると、海馬も携帯を向けてきた。
あっという間にお互いの情報が交換される。
「ありがとう」
もう一度礼を言って傘を受け取った。
海馬は自身の傘を変な風に持っていたせいか濡れてしまった。
ハンカチでも貸せたらいいのだが、今日はうっかり忘れてしまった。
何で今日忘れるかなあ、馬鹿馬鹿ボクの馬鹿!
などと心の中でやっていると海馬が言った。
「ところで遊戯」
「な、何?!」
「3日は早寝をするな」
起きて待っていろ、と海馬は続ける。
「3日…?」
3日って何かあっただろうか。
早寝をするな、と言う命令形は特に気にせずに、遊戯は首を傾げる。
「鈍い奴だな」
海馬は続けた。
「4日なったら祝いを送ってやる」
4日。
それは遊戯の誕生日だ。
「メールと電話とどちらがいいか選べ」
相変わらず尊大な口調だけれど、そんなことは全然気にならない。
誕生日を知っていてくれたなんて、其れを祝ってくれるだなんて、それだけでもう嬉しくて堪らない。
雨は嫌いじゃない。
この時期に生まれたせいだろうか。
そして、この出来事が遊戯にとって思い出に強く残ることになったのは、確かに雨のおかげなのだ。
END
海→←表
お誕生日にお祝い電話をくれるつもりな社長
楽しみに待っていて寝落ちしそうな遊戯ちゃん(笑)
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Fortune Fate
2011.06.26