■PLEASURE(海表)■

海表。
社長がまだ無自覚。













リビングから楽しげな声が聞こえる。
前にもこんなことがあった。
ドアを開けると、海馬の思った通りそこでモクバと遊戯がカプモンのフィールドを挟んで笑いあっていた。
モクバがまず扉が開いたのに気が付いて顔を上げた。
ついで遊戯が振り返る。
「お帰りなさい、兄サマ〜!!」
「お帰り、海馬くん」
言いながら飛びついてきた弟を抱きとめて、海馬は遊戯に向かって不機嫌な声を出した。
「何故お前がここにいるんだ、遊戯」


日曜だというのに会社に出ていた海馬は昼少しすぎに片がついたため昼食は家で取ることにした。
しかし帰ってきてみたらコレだ。
何故自分の家に帰ってきて他人に「お帰り」なんて言われなくてはならないのか。
機嫌も悪くなろうというものだ。
「兄サマ、ねえ、オレが呼んだんだよ。ゲームの相手が欲しくて・・」
兄の服を引っ張ってモクバが訴える。
「ごめんなさい兄サマ」
「ごめんね海馬くん。ボクもゲームしたかったから・・・」
海馬はため息をついた。
これではこちらが悪者ではないか。
「・・・わかった」
遊戯はともかく弟にこんな風に謝られてはどうしようもない。
海馬は昼食を取るために引き下がった。
「いいの?兄サマ」
「海馬くん、ありがとう」
嬉しそうな遊戯の声にまた不機嫌になる。


どうして「ありがとう」なのかわからない。


海馬が戻ってくるとは思っていなかったらしい使用人が慌てて用意した昼食を食べながらモクバと遊戯のゲームをまた眺める羽目になる。
カプセルモンスターは海馬の得意とするゲームではないがモクバの戦術はさすがに少し幼さが残るように感じる。
見ていて何度か口を出したくなったが、ぐっとこらえた。

モクバが楽しそうだったから。

この場合礼を言わなければならないのはこちらなのではないだろうか。
兄として。

たったひとりの弟なのに仕事のために満足にかまってもやれない。
まだ小さいのに、一人でほっておいて。

そんなことを考えてまた不機嫌になる。


遊戯が海馬の視線に気が付いてこちらを見た。
海馬はぷいと目を逸らす。
「海馬くんもやらない?」
「・・・やらん」
「面白いよ?」
「くどい」
機嫌の悪い海馬に遊戯は少し肩をすくめて見せた。
「ボク海馬くんとゲームしてみたいなぁ」
「お前では話にならん」
海馬は馬鹿にしたように鼻で笑った。

「・・そうかもしれないけどさ、対戦してみたいんだ」

はっとして遊戯を見る。
「・・?どうしたの?」
「・・いや」


『泣くかと思った』


遊戯はいつものように笑いながら言ったのに。
何故そう思ったのか。




**


 

「何故お前がここにいるんだ」



海馬コーポレーションには「社長専用エレベーター」なるものが存在している。
その名の通り、最上階にある社長室に直接行くためのエレベーターだ。
もちろん、緊急の場合に備えて他の階にも止まれるが、ノンストップで社長室に行くことが可能なエレベーターなのだ。
エレベーターが開くとそこはもう社長室、という作りになっている。
社長室の中にエレベーターがあるのだ。
そういった作りのためこのエレベーターを使うのは社長である海馬瀬人とその弟で副社長のモクバだけだった。

「おかえりなさい、兄サマ!」
エレベーターから降りるとすぐモクバの声が飛んできた。
時間差で本人が海馬に飛びついてくる。
副社長のモクバが自分を社長室で待っているのはわかる。
あまり海馬の仕事が長引かない時は一緒に自宅に戻るからだ。
「何故お前がここにいるんだ、遊戯」
「えと、・・ごめんね海馬くん」
「兄サマ・・・」
モクバが兄の上着の裾を引いた。
海馬はため息をつく。
一人で待っているのがつまらないのはわかるが、ここは社長室なのだ。
会社の人間でない者をむやみに入れるわけにはいかない。
「・・・モクバ、部外者をここまで連れてくるな」
「でも遊戯、先週からバイトに来てるんだよ?」
「・・・バイト?」
だから一応社内の人間だ、と言い張るモクバに海馬は眉を顰めた。
・・・初耳だ。
「うん、短期のバイト。新しいゲームのテストプレイなんだけどさ、面白いね」
「オレが連れて来たんだぜぃ」
モクバが得意げに言った。
「モクバ、勝手なことをするな。何故オレに言わなかった」
「だって・・・」
「それは海馬くんが忙しくてモクバくんの話聞いてあげないからいけないんじゃないか」
遊戯が横から口を出した。
遊戯の言葉に海馬はぐっとつまった。
いつもの海馬だったら遊戯の言うことなど「横から口を出すな」と一蹴しただろう。
でも今日は、この間のことが気になっていた。

兄として礼を言うべきはこちらなのではないかと思ったことと。
そして。

泣くかと思ったこと。


そしてモクバがそんな話をしていたことを思い出す。
人事が持ってきたバイトに紹介したい奴がいるんだがいいかと言うので、好きにしていいと言ったことを。
「悪かった、モクバ」
「ううん」
「よかったね、モクバくん」
「うん」
にこにことモクバに話し掛ける遊戯を見ながら思う。
見た目よりも意外に言う奴だと。
でもそれは自分以外のことに関してのほうが多いかもしれない。
そんなことを考えている自分に気がつく。
遊戯のことなんか、わからないくせに。
「・・・じゃ、ボク帰るね。・・ごめんね海馬くん」
「待て」
海馬は遊戯を呼び止めた。
このまま帰したのでは寝覚めが悪い。
「ついでに送って行ってやる」
「いいの?」
「ああ」
「ありがとう海馬くん」


どうせオレ達も帰るんだし、本当にただのついでのつもりなのに。
どうしてこんな風に礼を言えるんだろう。


でもそういう奴だということはもう知っている。

 

**


 

「お帰りなさい、兄サマ」
いつものように社長専用エレベーターで社長室に戻ってきた海馬はモクバの歓迎を受けた。
「・・・?どうしたの?」
「・・・いやなんでもない」
ここのところずっとモクバと一緒に遊戯の声も聞いていたのだ。
そして送って行ってやるのが日課のようになっていた。
だが今日は遊戯の姿はない。
どうして遊戯がいないのかモクバに聞けばすぐわかるのに、海馬は聞かなかった。
いや聞けなかったのだ。


遊戯がいるのを楽しみにしていたようで。
楽しみにしていたとモクバに思われるのが嫌で。

「遊戯なら昨日でバイト終わったからもう来ないよ?」
「・・・関係ない」
見透かされていたようでぎくり、とする。
「でも開発担当の奴、誉めてたよ遊戯のこと」
「・・・そうか」
モクバの話を聞きながらこの間の疑問について考える。

何故泣くと思ったんだろうか。

「兄サマ!」
海馬は弟の声で我に返った。
「またオレの話、聞いてない!」
モクバは半分泣きそうになっている。
「ああ・・悪かった。ちょっと考え事を・・・」

言いかけて気づく。
なんだろう。こんな感じだった。

遊戯を傷つけた。
いや、傷つけたと思ったのだ。
海馬が。

実際遊戯が海馬の言葉に傷ついたのかどうかわからない。
別になんとも思っていないかもしれない。
だが。



『泣くかと思った』



それをこうやって気にしているのは海馬自身が“遊戯を傷つけたかもしれない”と思っているから。
多分それが嫌だから。

他人のことを気にしている。

「だから、遊戯がいると兄サマ待ってる間退屈しないし、担当の奴も誉めてたし、今度またバイトが必要な時は呼んでもいい?」
「ああ」
モクバは兄があっさり返事をしたので自分の耳を疑った。
「・・・え?ホントに?!」
絶対だめだと言われると思っていたのだ。
「くどいぞ、モクバ」
「ごめんなさい、兄サマ。・・遊戯喜ぶよ。バイト面白いって言ってたし」
「そうか」
確かにここのバイトは遊戯にとって楽しいものだろう。
遊戯は馬鹿みたいにゲームが好きだから。

それももう知っている。

何を考えているのかわからない奴だと思っていたのに。
知っていることも少しずつ増えてきている。


それでもわからないのは何故遊戯のことが気になるのか、ということ。
答えがまだ見つからない。

だけど。



今度遊戯がモクバとゲームしている時には混ざってやってもいいかもしれない。
多分それが答えへの近道になるはずだから。

 




END

 



無自覚でじれったい(^^ゞ


 

2001.04.12

 

 

 

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