まだ仲良くなる前なカンジ。少しづつ前進中。
雨が、降ってきた。
遠くで雷の音がする。
今日は一日晴れると天気予報では言っていたのにすぐやむかと思った雨はなかなか上がらない。
ますます雨脚が強くなる。
遊戯はかばんの中から折りたたみの傘を引っ張り出した。
もうずっと入れっぱなしですっかり忘れていたのだが、役に立ってよかった。
バス停まで行けば後は傘など無くても平気なのだが傘があるのにわざわざ濡れる必要もないだろう。
城之内、杏子のバイト組は雨など気にせず帰ってしまった。
本田は獏良と方向が一緒なので入れてもらうつもりのようだ。
御伽は傘を持っていた。
傘のない友人がいたら貸してしまってもいいつもりだったが大丈夫のようなので遊戯は傘のカバーをはずす。
しかし。
遊戯は下駄箱の所まで来て、入り口に立つ「傘のない友人」を発見した。
その人物を「友人」と呼んでもいいものか・・・今だ自信がないのだが。
**
「海馬くん」
呼ばれた本人は嫌そうに振りかえった。
遊戯の姿を認めてさらに不機嫌な顔になる。
「どうしたの?・・・傘ないの?」
「・・・もうすぐ迎えが来る」
「・・そう」
しかし遊戯は海馬がちらと時計を気にしたのを見逃さない。
「急いでるんじゃないの?・・・傘、貸してあげようか?」
「・・・余計な世話だ」
遊戯は海馬の返答にほんの少し肩をすくめて見せる。
多分、そう言われると思った。
遊戯はさらに続けた。
“急いでいる”に否定は返らなかったので。
海馬は仕事が忙しいのだ。
なにか用があるのだろう。
「ボク、バス停まで行けば後は大丈夫だからさ」
言いながら海馬に傘を差し出す。
「いらん」
「あ、そ」
これも予想通りなので遊戯は取り合わずに海馬の手に半ば無理矢理傘を押し付けた。
「今度学校来る時に持ってきてよ」
海馬が否という間もなく行こうとする。
そんな隙を与えれば絶対に受け取らないことはわかっていたから。
多分、受け取らないと思うから。
「遊戯!」
しかし雨の中に飛び出した遊戯を海馬の腕が引き止めた。
よろけた遊戯の目の前で黒い車が止まる。
車と接触することは免れたものの、遊戯は車が撥ねた水を思いっきりかぶってしまった。
「あ、ありがとう海馬くん・・・」
礼とともに海馬を見上げる。
海馬は遊戯の腕を掴んだまま前を見ていた。
慌てて出てきた車の運転手を。
・・・怒ってる?
確かに校内に送迎車を乗り入れるなんてちょっとマズイ、と思う。
でも雨が降っていたから海馬が濡れないように玄関前に横付けしたんだし、時間だってそんなに遅れてないはずだ。
「海馬くん?・・・ひゃ・・!」
海馬はモノも言わずに遊戯を抱き上げると車の後部座席に放り込んだ。
その隣に自分も乗り込む。
「ちょっと海馬くんってば!」
放り込まれた遊戯は車内で体制を立て直して抗議の声を上げる。
「出せ。・・・ウチへ寄って行く」
海馬はそれも無視して淡々と命令した。
それから携帯を取り出して風呂の指示を出す。
遊戯はそこで自分がかなり濡れていることに気がついた。
「あの、海馬くん、ボク大丈夫だから・・・その・・・その辺で降ろしてくれる?」
「・・・“大丈夫”と言うのがお前の口癖のようだな」
「え?」
言われた意味がよくわからず遊戯は聞き返す。
しかし海馬はそれには答えなかった。
「勘違いするな・・・オレのせいで風邪などひいたと言いふらされてはたまらないからだ」
イイフラサレテハタマラナイ
前にもこんなことが、あった。
まだ親しくなる前に。
ずいぶん仲良くなったつもりだったけど。
あの頃と、変わっていないのだろうか。
**
「どうしたのさ、遊戯?」
「え?・・・な、なにが?」
遊戯はカプモンのフィールドを挟んで向こう側にいるモクバを見た。
なにかいつもと違うだろうか。
海馬邸につくとモクバが待ち構えていた。
久しぶりに家に来た“遊び相手”に上機嫌だ。
遊戯を風呂に引っ張っていく。
制服が乾くまでの間借りることにしたモクバのTシャツとハーフパンツを身につけて出てくると海馬はすでに会社の方に行ってしまっていた。
大事な会議があったらしい。
やはり急いでいたのだ。
・・・それなのに結局邪魔してしまった。
「兄サマとケンカしたのか?」
「・・・別にケンカはしてないよ」
遊戯は苦笑した。
モクバは大人社会で育ったせいか妙にカンが鋭い所がある、と思う。
モクバに嘘を吐くつもりはない。
だけど言えることでもない。
『海馬くんのこと友達だって思っててもいいのかな』
『ボクはそう思ってるけど海馬くんはどうなんだろう』
『今日だって余計なことしてまた迷惑かけて・・・』
遊戯が黙ってしまったのでモクバは不安そうな表情をした。
気がついて遊戯が言う。
「何でもないよ、大丈夫」
“大丈夫”
そう言って笑ったのにモクバはまだ心配そうだ。
遊戯の様子を伺うように、言う。
「兄サマも口悪いからさ・・気にするなよな?」
「・・・うん」
遊戯の“大丈夫”はモクバに信用されていないらしい。
“大丈夫”と言うのがお前の口癖のようだな
海馬の言った言葉の意味がわかった気が、した。
乾いた制服が遊戯の元に届けられた時にこの家の主が帰ってきた。
雨は、まだやまない。
**
「もう遅いしさ、泊まっていけば?遊戯」
「え、でも」
「雨、止まないしさ。明日、休みだし」
モクバは遊び足らないようだ。
乾いた制服に着替えた遊戯はちらと海馬を見た。
海馬は帰って来てからずっと居間でノートパソコンをいじっている。
仕事なのだろう。
自分の仕事部屋にも多分ちゃんとしたパソコンはあるのだろうが敢えてこの居間で仕事をしている訳が遊戯にはわかる気がする。
忙しい合間にモクバとの時間を作るためなのだ、きっと。
「ねえいいでしょう兄サマ?」
モクバが甘えた声を出した。
「モクバ」
海馬はパソコンから目を離さずに答える。
「決めるのは遊戯だ」
決めるのは、ボク。
今のは“泊まっていっていい”ってことなんだろうか。
遊戯はその微妙な表現にちょっと考える。
「泊まってくよな、遊戯?」
モクバの方は兄の了解を得た、と思ったようだ。
遊戯にまとわりついてねだってくる。
「えと、じゃあ迷惑でなかったら・・」
海馬がパソコンを閉じた。
ピッという音が室内に響いて、遊戯は海馬を見た。
海馬も、遊戯を見ていた。
「そういう言い方は止めろ。・・・腹が立つ」
「・・なんでさ、兄サマ!」
モクバが反論する。
“大丈夫”と言うのがお前の口癖のようだな
ああ、と思った。
唐突に。
それを言葉にするのはとても難しかったが。
遊戯が海馬に対して思っていたことと似たようなことを多分海馬も感じていたのだ。
多分。
これが“正解に近い”答え。
**
「じゃあ泊まってくよ、モクバくん。いい?」
「・・・もちろん!」
モクバの顔が輝く。
兄がひどい言い方をしたので遊戯はきっと帰ってしまうに違いない、と思ったらしい。
「じゃあ客間の用意、させるから」
モクバが嬉しそうにパタパタと部屋を出て行くと海馬は再びパソコンを開いてキーを叩き始めた。
「遊戯」
呼ばれて振り返ると何か投げられた。
「わ・・!」
反射的に受け取る。
なんとかキャッチ出来たそれは携帯電話だった。
「泊まるなら家に連絡しろ」
兄サマも口悪いからさ
モクバの言葉が蘇る。
確かに口は悪い、と思う。
でも。
「ボク、海馬くんのこと、好きだな」
こんなことを言ったらまた“勘違いするな”とか言って怒るのだろうとわかっていた。
「なんだと?」
案の定海馬は眉根を寄せて遊戯を見た。
「何を言っているんだ、貴様」
「聞こえなかった?」
もう一回言う?と遊戯は聞いた。
「聞こえたから言っている」
「じゃあそのまんまだよ?」
遊戯は大きな目をくるくるさせて告げる。
ふざけているつもりなどない。
遊戯の今の本当の気持ちだ。
しかし海馬の目は険しくなる。
「・・・何を言っているのか、わからん」
「じゃあわかるようになってよ」
ボクのこと知って。
ボクも海馬くんのこと、知りたいから。
もっと。
海馬が何か言おうとしたときモクバが戻ってきた。
雨が、降っている。
遊戯は借りた携帯でウチに連絡を入れた。
“トモダチ”の家に泊めてもらうと。
はしゃぐモクバの隣で複雑な表情を浮かべる、むしろぱっと見不機嫌と言ってもいい顔の海馬を見ながら。
雨はまだ、止みそうもない。
雷鳴が近づいてきた。
END
まだまだ先は長いカンジ。
社長の方が遊戯ちゃんをスキって自覚したら早いと思うんですけど。
即、拉致!(笑)
2001.05.12