■君の自転車(海表)■

海表。
遊さん45454HITリクエスト。

 











暗くなりかけた駅前の大きな通りを遊戯は自転車を漕いで走っていた。
身を切る風は冷たくて遊戯はコートのボタンを上まで止める。
冬の日は短い。
あっと言う間に真っ暗になってしまう。
自転車で来て良かった、と遊戯は空を眺めて思った。
ちょっと文房具を買いに出ただけだったのだが出掛けにじいちゃんに用事を言付かったため駅前まで出てきたのだ。
駅前通りは混んでいた。
車が渋滞し、まったく動かなくなってしまっている。
この先で事故でもあったのかもしれない。
買い物袋を前かごに入れて家路を急ぐ遊戯の目に見慣れた黒い車が映った。
後部座席に座る人物を見たような気がして慌ててブレーキをかける。
急には止まれずに車より2、3歩行き過ぎて振り返った。


やっぱり海馬くんの車だ。


何度も乗ったことがあるので間違いは無い。乗ったことが、いうか海馬に放り込まれたことがあるというのが正しいのだが。
ふと運転手と目が合った。
こちらももう顔見知りだ。
運転手は遊戯に軽く頭を下げた。
困ったような顔をしている。
海馬がそうとう機嫌が悪いのだろうということは想像に難くなかった。
これだけ混んでいては仕方ないかもしれない。

急ぐのかなぁ。

遊戯はちょっと考えて自転車のスタンドを立てた。
その場に自転車を置いて海馬の車まで戻ると後ろの窓を叩く。
コン、コン。
「海馬くん」
返事は無い。
遊戯はもちろんそんな反応は予想がついていたからもう一度繰り返す。
コン、コン。
「海馬くん、ねえ急いでる?」
やっぱり答えは無い。
遊戯は窓の中を覗き込んだ。
暗くてよく見えない。
もう一度叩こうとした手を上げた時、窓が開いた。
「何の用だ」
車がまったく動かないことでそうとう腹を立てている様子の海馬が不機嫌に顔を出した。
「えっとさ、急いでるんなら乗ってかない?」
言いながら止めてある愛車を指差す。
前かごに荷物の乗った、それ。
海馬は窓から身を乗り出してそれを見た。
それから遊戯の顔を見る。
遊戯はにっこり笑って言った。
「送っていくよ」
「・・・」
海馬の頭の中ではもうすでにこの場合どちらが早いか計算が出来ているはずだった。
だけど。

どうする、かな?

ボクなんかに借りを作るのは嫌だって言うのかな。
それとも。


海馬の返答をドキドキしながら待つ。
なんだかデートに誘っているようだ、なんて馬鹿なことを思っていると車のドアが開いた。
中から海馬が降りてくる。
「後から来い」
海馬は運転手に指示を与えると遊戯に向き直った。
「・・・なんだ」
ぽかん、と口を開けて海馬を見上げていた遊戯は問われて慌てて顔を引き締める。
「いや、あの、断られるかと思ったから、さ」
遊戯は地面に視線を落として言った。


海馬が僅かに笑ったような気がした。


俯いていて見逃した遊戯が顔を上げた時にはいつもの仏頂面だったけれど。
「どうぞ」
自転車に跨って海馬を振り返る。
海馬は無言でジェラルミンケースを抱えてその後ろに陣取った。
一言も無かったとは言え海馬が素直に後ろに跨ってくれたことで遊戯は上機嫌でペダルに足を乗せる。
ところが。
「・・・うーん・・・」
遊戯の意思に反してペダルは思うように動かなかった。
渾身の力を込める。
しかしよろよろと数メートル動いたところで遊戯は地面に足をつけてしまった。
「送るんじゃなかったのか」
「送るよっ!」
海馬はこの状態を面白がっているようだ。
別に海馬が太っているわけではない。
長身とは言え世間一般からみれば痩せている方だ。
遊戯と海馬の体格の差。
どう足掻いてもこの場合仕方がないこの差のために、遊戯の力ではふらふら進むのが精一杯だ。
ムキになって言い返してみたがこれでは車より遅くなってしまうかもしれない。
それでは急ぐ海馬に申し訳ない。
遊戯は自転車から降りた。
海馬も後ろから降りる。

悔しいけど、しょうがない。

海馬にカッコ悪いところを見せたようでへこんだ気分だ。
予定では会社まで送っていって、その間に何か話しでもしたかったのだが。
最近はかなり仲良くなった、と思っているがもっと“海馬瀬人”のことが知りたいのだ。

だってわからないことばかりだから。

自転車を貸してしまうつもりで口を開く。
しかし遊戯がそれを口にする前に海馬が行動に出た。
遊戯に持っていたケースを押し付け、自分が自転車のハンドルを握る。
「え、と・・・?」
ケースを抱えて困惑する遊戯を海馬が振り返った。
「荷物持ちとして乗せてってやる」
言いながら先ほどまで自分が跨っていた荷物台を顎で示す。
遊戯は首を傾げた。

ひとりで行った方が早いんじゃないかなぁ。

今日のケースは小さめだから前かごに入るんじゃない?、
とか
荷物括る紐もかごに入ってるよ、
とか
自転車なら後で取りに行くから、
とか。


口から出そうになった言葉をすべて飲み込んで遊戯は海馬の後ろに跨った。
ケースのためにどうも不安定なのでとりあえず海馬の上着を握りしめてみる。
「ちゃんと掴まれ」
「え?」
とたんに海馬に抗議された。
「それでは漕ぎにくい」
「あ、ゴメン」
あやまって今度は腰にしがみつく。

また海馬が微かに笑った気配がした。

背中越しなのでまたしても顔は遊戯には見えなかったが。
今度は何も文句を言わないで海馬は自転車のペダルを踏んだ。
サドルは遊戯にあわせてあるから背の高い海馬では漕ぎにくいはずなのだが海馬はそれについては何も言わなかった。

遊戯のときと違い、自転車はスムーズに走り出す。

それが
ちょっと悔しい。

でも。
なんだか嬉しい。

「なんだ?」
遊戯が笑ったのを海馬が聞き咎めた。
「なんか海馬くんとチャリに乗ってるなんて不思議な感じだなぁと思ってさ」
「ふん」
海馬は鼻で笑った。
以前のような嫌な感じの笑い方ではない。
遊戯はしがみ付く手に力を込めた。
「海馬くん、自転車乗れたんだね」
「貴様オレを馬鹿にしてるのか」
「だっていつも車じゃん。自転車漕いでるとこなんて想像つかないよ」
「今漕いでるだろう」
「珍しいモノ見ちゃった」
風を切って走る自転車の上で、他愛ないおしゃべり。



寒いはずなのに。
それを感じない。

海馬コーポレーションビルのブルーアイズ像の前で海馬は自転車から降りた。
遊戯もケースを抱えて荷台から降りる。
海馬がスタンドを立てて遊戯に向き直った。
タイミングよく遊戯がケースを差し出す。
「はい、海馬くん」
「・・・ああ」
「お仕事、がんばってね」
「ああ」
ケースを受け取って行きかけた海馬が遊戯を振り返った。
「今日は助かった。・・礼を言う」
「あ、うん。どういたしまして。結局自転車漕がしてゴメン」
そのまま行ってしまうかと思われた海馬は、ふと思いついたようにケースを地面に置くと遊戯に手を伸ばした。
何、と思う間もなく両手で頬に触れる。
「・・・っ・・つめたい〜!!」
「手が温まったら離してやる」
この時期手袋もナシで自転車に乗れば手が冷たくなるのも当たり前だろう。
遊戯は海馬の手に自分の手を添えた。
遊戯の手の方が温かい。
遊戯は海馬の手を包むようにしながら文句を言った。
「頬っぺたはよしてよ」
「そこが一番柔らかくて温かそうだからな」

嫌がらせ〜?

遊戯が頬を膨らます。
遊戯の様子に海馬が笑みを洩らした。


優しい笑み。


遊戯が見たこともないような。

違う。
見たことはあった。
でもそれは弟に向けられるもので。



ふいにその笑顔が人の悪いものに変わった。
「こっちの方が柔らかいかもな」
言いながら指先で遊戯の唇に触れる。


唇から、痺れるような
感覚。

冷たいはずの指が触れたところから身体が熱くなる。



「ふ、ふざけないでよっ」
遊戯は海馬の手を引き剥がした。
海馬は楽しげな笑みを残して遊戯に背を向ける。
「またね、海馬くん」
その背中に遊戯は声をかけた。

返事はなかったが。



それでも海馬がまだ笑っているのはわかった。







「まったくもう!」
からかわれたことに腹を立てながらそっと唇に触れてみる。
まだ熱くて。
なんだかヘンナ感じが、した。

上手く言えないけれど。



自転車に乗ってすっかり暗くなってしまった道を家へと急ぐ。
きっとじいちゃんが心配している。
怒られるかもしれない。
遅くなった言い訳をなんて言おうか。


また少し海馬を知ったような気がする。
そしてまたわからなくなったような気も。



唇はまだ熱くて


その理由は遊戯にはわからなかった。

































END


 



遊さん45454HITリクエストの海表小説です。内容はお任せと言うことで。
タイトルはマッキーです。


 

2002.02.24

 

 

 

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