■ただ、その蒼が(海表)■

海表。
海表前提、乃亜→表。一応シリアス、かな。

 











ただ、その蒼が。

 



『遊戯』
誰かが呼んだ気がして振り返った。
もちろん、主不在のこの部屋に遊戯の他に誰かいるはずもない。
だが。
誰もいないのに“彼”の机の上のパソコンは電源が入ったままで。
遊戯はモニターの前に立った。

「ボクを呼んだのは、キミ?」

目を開けると、そこは。
広く、深い森。
見渡す限り青く繁った木々は森の奥を隠す。
さっきまで“彼”の部屋に居たはずなのに。
「遊戯」
“彼”に良く似た声が遊戯を呼んだ。
暗い森の中から遊戯の前に立ったのは長身の。
「・・・乃亜、くん」
遊戯の唇が名前を紡いだ。
名を呼ばれて乃亜はにっこりと笑う。
「よく、わかったね」
ボクだと。
言外に言う。
確かに今の乃亜は最初に遊戯たちが会ったときとは違う姿をしていた。
あの時乃亜は小学生くらいの少年の姿だった。
あの姿は乃亜の作り出した映像だったのだからその気になればどんな姿にでもなれるのだろう。
今、遊戯の前にいる乃亜は。
背が高く、まるで。
「瀬人のデータから作ってみたんだ」
遊戯の考えていることを見透かしたように乃亜が言った。
「よく出来ているだろう」
乃亜と“彼”はもともと似ていたというから乃亜も成長すればこうなったのだろうだけど。

・・・生きていれば。

「瀬人と見間違えるかと思ったよ」
乃亜の言葉に遊戯はまっすぐに乃亜を見つめた。
「間違えたりしないよ」
乃亜の眉が僅かに顰められた。
「だってキミは海馬くんじゃないもの」
「それは」
乃亜の声がほんの少し荒くなる。
「ボクが瀬人より劣っていると言いたいのかい」
遊戯は静かに首を振った。
「違うよ。そうじゃない」
乃亜の手を取り自分の方に引き寄せる。
遊戯にされるがまま乃亜は遊戯の肩口に頭を預けた。

「キミは海馬くんじゃない。・・『乃亜』くんでしょう」

乃亜の身体がぴくり、と動いた。
顔は伏せられたまま。
遊戯の腕が上がって、その髪に触れる。
「ボクは」
乃亜が呟く。
「瀬人よりもすべてにおいて優れてるんだ」
自分に言い聞かすように。
遊戯はただ黙って乃亜の髪を撫でた。

ゆっくり、ゆっくり。


ソレナノニ
ドウシテ

アイニキテクレナイノ

チチウエ


淋しくて、淋しくて
どんなに叫んでも
誰にも届かない。
ただ、会いに来て欲しかった。
ただ、優しくして欲しかった。
抱きしめてもらうことが叶わなくても

自分がここにいることを

忘れないでいてくれれば、それで――――――



気が付けば乃亜の姿は初めて会ったときの少年に戻っていた。
遊戯の手は乃亜の髪を撫でる。
ただ、ゆっくり。
乃亜が顔を上げた。
しばし空を見上げて耳をすます。
「・・・瀬人がキミを呼んでいるよ」
「・・・うん」
「もう帰ったほうがいいね」
乃亜が片手を挙げた。
「また、来てもいい?」
遊戯の問いかけに乃亜の手が止まる。
「負けたらどうの、とかじゃなくてキミとゲームしてみたいな」
勝ち負けにこだわらず、何も賭けない、普通のゲーム。
仲の良い友達と遊ぶような。
「ヘンなヤツだな」
そう言って乃亜は微笑った。
嬉しそうな。
悲しそうな。

・・・淋しそうな。

その笑顔は姿とともに風に舞って消え、遊戯にはもうそれが本当はどんな意味を含んでいたのか判別することが出来ない。


ただ、その瞳の蒼だけが遊戯の心に刻み込まれる。

 

 

“彼”に似て非なる色。




 

END


 



乃亜王子が大好きです。
幸せになってほしかった。

 

2002.08.08

 

 

 

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