武藤遊戯は高校を卒業すると思い切り良く海馬家へ嫁に行きました。
嫁、という表現は世間一般的には正しくないかもしれません。
武藤遊戯という人物は、小柄で細く大きな瞳が印象的な可愛らしい容姿を持ってはいましたがまぎれもなく「男の子」でしたから。
ですが海馬瀬人と武藤遊戯は「恋人同士」でありましたので海馬邸で一緒に暮らしだしたということは結婚したも同然ということでしょう。
男同士ではありましたが。
そうして二人の間に待望の第一子が生まれました。
何度も繰り返しますが二人とも男です。
普通に考えれば子供が出来るわけなどありません。
でもこの場合そんなことは些細なことなのです。
気にしてはいけません。
ここで問題なのはその生まれた男の子が遊戯が<もうひとりのボク>と呼んでいた古代エジプトの王様『アテム』の生まれ変わりだった、ということでした。
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「モクバくーん」
「モクバー」
「しー」
部屋の入り口で自分を呼ぶ声にモクバは口に指を当てることで返した。
「今寝てるから」
小声で指し示す先に赤ん坊。
持ってきたベビーベッドの中で乃亜はすうすうと寝息を立てていた。
午前中は浜辺で少し水遊びさせていたのだが日が高くなるにつれ日差しが強くなってきたため幼子にはきついだろうということになりこの別荘で留守番となったのだ。
もちろん赤ん坊だけ置いていくわけにはいかない。
遊戯は自分が残ると言ったのだが、そうすると<遊戯>が愚図るのは目に見えていたのでモクバが名乗りをあげたのだ。
「ごめん」
「ごめん」
小声で謝る遊戯を真似して<遊戯>も小さな声になる。
「あっちへ行こうぜ」
そう言って2人を隣の部屋へと誘う。
隣の部屋と言っても扉を開けておけば赤ん坊の様子はわかるので心配は無い。
海に面した部屋で遊戯はもってきた包みを広げた。
「ごめんねモクバくん。乃亜くん見ててもらっちゃって・・」
「いやイイコにしてたゼィ」
「のあはモクバがだいすきだからな」
だから困らせるわけがないと<遊戯>がモクバにわり箸を渡しながら断言する。
「そうなのか?」
「そうだ」
「・・・そうか」
訊き返すと偉そうに胸を張った。
何故此処で<遊戯>が威張るのかさっぱりわからないがその仕種が微笑ましくてモクバは笑う。
「これ差し入れ」
遊戯が差し出したのは焼きそばだった。
「城之内くんが中心になって作ったんだよ」
「おれもてつだった!」
<遊戯>がはい、と手を上げて言った。
「えらいな」
モクバがそう言って頭を撫でてやると<遊戯>は嬉しそうに笑った。
自分も、こんな風だっただろうか。
誉められたくて
誉められたくて
必要とされたくて・・・
「海馬くんも一緒につくったんだよ」
ご機嫌な<遊戯>を見てにこにこと遊戯が笑う。
「兄サマも?」
「かいばはじょうのうちくんとけんかしてただけだ」
「そんなことないよ」
状況が目に見えるようでモクバは笑った。
瀬人も楽しく夏休みを過ごしているようだ。
「じゃあいただくかな」
「美味しいよー。さすが城之内くんって感じ」
言いながら遊戯は台所の方へ消える。
「ばいとたくさんしてるからな!」
<遊戯>は城之内が誉められると嬉しいらしく口を挟んでくる。
「<遊戯>は城之内が大好きだな」
「あたりまえだぜ!しんゆうだからな!」
「・・・じゃあ遊戯は?」
からかってやるつもりでそう言うと当然のように言い放たれた。
「だいすきだ!!」
力説するのでつい、笑ってしまう。
「わかりやすいな、お前」
「・・・バクラもそういった」
どうも<遊戯>は浜辺でもからかわれたらしくぷうと頬を膨らませた。
「モクバだってかいばがすきじゃないか」
好きで
好きで
役に立ちたくて
喜んでもらいたくて・・・
「屋台の焼きそばって美味しそうに見えるよねー」
其処へ遊戯が盆の上にペットボトルのお茶とグラスを載せて戻ってきた。
モクバにお茶を入れてくれる。
それから<遊戯>と自分の分もコップに注いだ。
「ああ・・そうだな」
焼きそばを食べながら、ふと昔のことを思い出す。
「・・・ごめん、モクバくん屋台の焼きそばってあんまり食べたことない?」
ほんの少し思考に沈んでいただけなのに遊戯が謝ってきた。
ヘンなところ鋭くて困るぜぃ。
誤魔化そうか、そう思いながら結局白状することにした。
誰かに、訊いて欲しかったのかもしれない。
「別にそうじゃなくてさ・・昔のこと、ちょっと思い出しちゃっただけ」
「剛三郎がいた頃」
遊戯の指先がほんの少し緊張する。
「兄サマにかまけててオレはわりとほったらかしだったから一人で勝手にお祭りへ行ったんだよ」
「うん」
「でも兄サマにもお祭り気分を味あわせてあげたくて、お土産を買って帰った」
りんごあめ。
飴でコーティングされたりんごはとても美味しそうに見えて。
こっそり部屋まで渡しに行ったら瀬人は嬉しそうに笑って、頭を撫でてくれた。
優しいその手が、嬉しかった。
「だけどほらりんごあめって結構食べるのに時間かかるじゃん?・・それで見つかっちゃってさ」
本当に子供だったのだと思う。
少し考えればわかったことなのに。
「兄サマ、勝手に遊びに行ったと思われて大分怒られたらしくて・・」
「モクバくん・・・」
「馬鹿だよな、オレ」
本当になんて馬鹿なんだろう。
大好きなのに迷惑ばかりかけて。
いっそのこと
オレナンテイナイホウガイインジャナイカ・・・?
「そんなことないよ」
遊戯が否定の声をあげた。
心の声を聞かれたのかとモクバは顔を上げる。
「海馬くんは嬉しかったと思うよ」
「そうかな」
「うん」
それから遊戯は言った。
「海馬くんに」
「モクバくんが居てくれて本当によかった」
他の誰かが言ったのならただの気休めにしか聞こえないような言葉も、遊戯の口から紡がれると素直に聞くことができる。
誉められたかった
誉められたかった
必要とされたかった
ただ一人の兄に。
だけど
どうしたらいいのか、わからなかった。
あまりにも自分には力がなくて。
けれども遊戯は
そのままでいいのだと言ってくれる。
その言葉を、ごく自然に聞くことができる。
―――――遊戯が居てくれて、本当に良かった。
そう思ったことは秘密にして、にっと歯を出して笑う。
「兄サマって放っておくと暴走しかねないもんなぁ」
「そだね」
「だからオレ達でフォローしなきゃな」
いたずらっ子のようなその表情に遊戯も笑った。
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「モクバくんも少し泳いでおいでよ。今度はボクたちで乃亜くんをみてるから」
「じゃあ兄サマのことは今度はオレがみるぜぃ」
遊戯が気を使って言ってくれているのがわかったのでモクバもおどけてそう返したのですが浜辺へ降りてきてみると其処は決闘場と化していました。
ソリッドビジョンの青眼をバックに高笑いをする瀬人を見ればどういう状態なのかだいたいわかります。
楽しそうな瀬人を見ながらモクバは大袈裟にため息をつきました。
「まったく、もう。兄サマってば」
しかしそれは、昔非力な自分を嘆いてついたため息とはまったく違うものでした。
海馬家は今日も平和です。
END
浜辺の焼きそばの続きでモクバちゃんの話です。
王子はモクバちゃんと遊戯ちゃんの前ではイイコです(笑)
りんごあめを初めて食べたときに
なんて硬いんだろう(^^ゞと思ったんですが・・・私だけ?
2004.09.11