武藤遊戯は高校を卒業すると思い切り良く海馬家へ嫁に行きました。
嫁、という表現は世間一般的には正しくないかもしれません。
武藤遊戯という人物は、小柄で細く大きな瞳が印象的な可愛らしい容姿を持ってはいましたがまぎれもなく「男の子」でしたから。
ですが海馬瀬人と武藤遊戯は「恋人同士」でありましたので海馬邸で一緒に暮らしだしたということは結婚したも同然ということでしょう。
男同士ではありましたが。
そうして二人の間に待望の第一子が生まれました。
何度も繰り返しますが二人とも男です。
普通に考えれば子供が出来るわけなどありません。
でもこの場合そんなことは些細なことなのです。
気にしてはいけません。
ここで問題なのはその生まれた男の子が遊戯が<もうひとりのボク>と呼んでいた古代エジプトの王様『アテム』の生まれ変わりだった、ということでした。
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今日は早く帰れる、モクバも一緒だと電話口で告げると遊戯の嬉しそうな声が返った。
「じゃあ今日はボクが夕飯を作るから!」
弾んだ声に瀬人の口元も知らず綻ぶ。
浮かんだ笑みを見ていたモクバは瀬人に気づかれないように嬉しそうに笑った。
海馬邸には当然お抱えのシェフがいる。
普段は遊戯も<遊戯>と瀬人の弁当のみで食事支度まではあまりしない。
シェフの仕事を奪うことになるからだ。
だが家族の顔が揃う、となると話は別だった。
瀬人もモクバも仕事が忙しいから全員が揃うことなどあまりない。
そんな時遊戯は何かしたがる。
弁当作りも大分慣れてレパートリーも増えてきたせいもあるだろうか。
シェフに時折手伝って貰いつつ準備をする。
もちろんプロではないから上手なわけではないけれど、おこげもご愛嬌だ。
みんなで、集まる夕飯。
その雰囲気が、食事を美味しくするのだと瀬人もモクバももう知っている。
今日の夕飯は何だろう?
今日の夕飯は何だろう。
そんなことを考えたことはなかった。
昔には考えたこともあったかもしれない。
だけどそれはもう遠い話で。
今日の夕飯は何だろう。
そんな風に考えたことはなかった。
その楽しみをくれたのは。
「兄サマ、煙が出てるゼィ」
玄関先横付けされた車から降り立ってモクバがそう呟いた。
指差すほうを見れば確かに煙が立ち上っている。
そして賑やかな声。
火事、というわけではないようだ。
「何をしているんだ」
玄関から入らずそのまま庭のほうへ回ってみることにする。
「あーもうキミ達の分もちゃんとあるって言ってるじゃないかー」
ニャーニャーとネコの鳴き声に混じって遊戯の声がする。
庭に面したところにウッドデッキがある。
遊戯は其処にしゃがみこんでネコに何やら言い聞かせていた。
「お魚のしっぽ引っ張っちゃ駄目だよ、熱いよ?!」
何処から持ってきたのか七輪の上で秋刀魚を焼いているのだ。
焼いている魚の良い匂いに釣られてネコがそれを狙ってちょっかいを出しているらしい。
「あいぼう、それ、サザエさんみたいだぞ」
デッキにしつらえてあるテーブルでがりがりと手を動かしていた<遊戯>が楽しそうに『サザエさん』の冒頭部分を歌ってみせた。
「もう!」
業を煮やしたかのように遊戯は白いネコを抱えあげると家の中へ押し込んだ。
「乃亜くん、その子捕まえていて」
「あー」
乃亜はまかせて、とばかりに返事をしてネコを抱え込んだ。
白いネコを追って黒いネコも室内へと向かう。
2匹目のネコにまとわりつかれて乃亜がころりと転がった。
「わあ」
慌てて部屋に飛び込む遊戯は七輪の上の魚のことはもう忘れてしまったようだ。
「まったく」
瀬人は呆れたようにため息をついた。
「何をしているんだ」
言いながら秋刀魚を裏返す。
「あ、お帰りなさい。海馬くん、モクバくん」
乃亜を抱いて出てきた遊戯がばつが悪そうに言った。
遊戯と一緒にネコも再びデッキに出てきてしまう。
にゃあにゃあと騒ぎ立てるネコを制しながら瀬人が秋刀魚を焼く。
帰ってきたままのスーツ姿で魚を焼く海馬社長。
めったには見れない姿だ。
「どうしたんだ、これ?」
うるさくまとわりつくのを見かねてモクバがネコを抱えて訊いた。
「じいちゃんが貰ったからってくれたんだ」
「へえ」
あのじいさんの交友関係はどこまで広いのか。
たぬきジジィめ、などとこっそり思いながらも瀬人は無言で秋刀魚を焼く。
焼けた魚を紙皿に移すとネコが早速寄ってきた。
「まだ熱いよ」
遊戯がネコたちに声をかける。
「骨とってあげた方がいいかなぁ」
「大丈夫だろう。秋刀魚の骨はそれほど硬くない」
そう答えながら瀬人は自分たちの分を焼きだした。
ネコの方は冷めたところからもう齧りついている。
「あいぼう、だいこんこれでいい?」
テーブルで何やらやっていた<遊戯>が小鉢を持ってやってきた。
秋刀魚に大根おろしは付きものだ。
「わあたくさん出来たね。ありがとう、もう一人のボク」
遊戯の礼に<遊戯>が嬉しそうに笑う。
「じゃあ二人とも手を洗ってこような」
モクバが乃亜を遊戯から受け取って室内へ入っていった。
<遊戯>もそれに続く。
そして遊戯の希望でそのままウッドデッキのテーブルで食事が始まった。
家族が集まる賑やかな夕餉。
「もう一人のボクは本当に美味しそうに食べるよね」
乃亜のために魚を解しながら遊戯が言った。
「だっておいしい」
口の中のものを飲み込んで<遊戯>が答える。
「あいぼうのつくったものはなんでもおいしいぞ」
「ありがとう」
<遊戯>の言葉に嬉しそうに遊戯が答える。
「今日は魚焼いたの兄サマじゃん」
「じいちゃんのさかなだ」
モクバが向かいの席からからかうように言った。
<遊戯>がむうと口を尖らせる。
まったく反論になっていないそれにモクバが笑う。
「海馬くんはお魚綺麗に食べるねぇ」
遊戯が瀬人に話題を向けた。
「作法で教え込まれたからな」
「へえ」
感心したように遊戯が答える。
「あいぼう、さほうってなんだ?」
聴きなれない言葉に<遊戯>が首を傾げた。
「うんとね、簡単に言うとご飯食べるときのルールだよ」
「ルール?」
<遊戯>が聞き返す。
「うん、ほらお魚はね、ひっくり返さないで骨を除けて裏側を食べるのが正しいんだよ」
瀬人の皿を示して遊戯は言った。
綺麗に除けられた骨。
「どうしてだ?うらがえしたほうがたべやすいのに」
<遊戯>は瀬人と自分の皿を見比べて聞いた。
「うーん・・どうしてだろう?」
遊戯はどう説明したものか少し考えて答えた。
「その方が綺麗で見てるほうも楽しいから、かな?」
「ほら、デュエルもルールを守った方が楽しいでしょ?」
「・・・そうか」
「どういう説明だよ」
モクバは苦笑したが<遊戯>は納得したようだ。
「じゃあつぎはそうやってたべる」
「偉いね、もう一人のボクは」
遊戯が褒めると<遊戯>は嬉しそうに笑った。
どうしてそうするのかなどと考えたことはなかった。
作法は作法で。
守らなければ、覚えなければならないことで。
ただ栄養を口から詰め込む、それだけの食事。
何を食べても塊を飲み込んでいるようで。
何の味もしない。
あの頃はそれをなんとも思わなかったが、食事が楽しくなかったのはやはり苦痛だったせいもあるのだろう。
食事が楽しいと、思えるようになったのは。
***************
「ごちそうさま」
食事を終えた<遊戯>が自分の食器を持って厨房へ向かいます。
ちゃんと遊戯を手伝います。
瀬人は危なっかしいその手から茶碗をひとつ取り上げて持ってやりました。
「・・・ありがとう」
瀬人に礼を言うのは不本意だと言わんばかりの口調に後ろで遊戯がくすくす笑いました。
遊戯が居れば食事はいつでも楽しく思えるのでしょう。
そして瀬人も自分の使った食器を運ぶのでした。
海馬家は今日も平和です。
END
しっかりしつけられてるなぁ旦那!っつー感じですヨ(^^ゞ
遊戯ちゃんににっこり笑って「ありがとう」なんて言われたらまあ
何でもするでしょうけどね。ここの父子は。
しかし時期ハズレもいいところ(^^ゞ
秋頃思いついたネタだったんですけどね。
遅すぎ。
2005.03.06