遊戯ちゃんと闇様が社長のうちでメイドのバイト。
女装ですので注意。
その香りの正体はチョコレートです。
遊戯はそれをざくざくと包丁で細かく砕いて湯銭にかけていました。
ボウルの中のチョコレートをゆっくりかき混ぜます。
チョコレートケーキを作っているのでした。
遊戯はどちらかというと甘党でチョコレートは大好きです。
とろとろに溶けたチョコレートはとても美味しそうでしたが遊戯の気分は晴れませんでした。
何故ならこのチョコレートはバレンタイン用のものだったからです。
何が悲しくて同性、しかも同級生にバレンタインチョコを渡さなくてはならないのでしょう。
遊戯だって男の子です。
あげるより貰いたいんです。
出来れば『私、本当はずっと遊戯のことが好きだったの・・・』とか言うすばらしいシュチエーションの告白付で。
だけれども現実は厳しくて。
遊戯は海馬邸メイドとして主人である海馬瀬人に渡すためのバレンタインチョコを作っているのでした。
メイドの服を着て。
事の起こりはメイド頭さんの一言でした。
遊戯は週に一度海馬邸でアルバイトをしています。
メイドとして。
支給される可愛らしいメイド服に身を包んだ自分がちょっとシャレにならないので遊戯はこのバイトが好きではありません。
だけれどこれが千年アイテムの謎を解く鍵になるかもしれない、等と言われたらやるしかないではありませんか。
遊戯は『もう一人のボク』こと<遊戯>のためだったら自分に出来ることは何でもやろうと考えているんです。
だって遊戯はもう一人のボクが大好きなんですから。
それにこのバイトは悪いことばかりではありません。
この仕事をしている間、つまり海馬邸に居る間だけ遊戯と<遊戯>は別々の身体を持つことが出来るのでした。
何故ですか?という素朴な疑問は残念ながら受け付けておりませんのでよろしくお願いします。
とにかく身体がわかれて現実で手をつないだり出来ることに関しては遊戯にも嬉しいことなのでした。
<遊戯>の方はもっと嬉しいらしく海馬邸ではいつも以上にスキンシップをとりたがりますが。
そんなわけでバイトにやってきた遊戯と<遊戯>はメイド頭さんに呼び止められました。
今日のお仕事は『チョコレートケーキを作ること』だと。
「あの、ボク作ったことないんですけど・・」
遊戯はお菓子など作ったことはありません。
もちろん<遊戯>だってそうです。
しかもケーキ!
すごく難しそうです。
「ええ・・・でも海馬家では新人がバレンタインチョコを作ることになっているのです」
「・・は?」
遊戯は思わず聞き返しました。
今、バレンタインとか言いませんでしたか?
「瀬人様はあのとおり、女性にもてる方だから」
まあ確かに海馬は背も高いし、社長もやってるし、頭もいいし。
女の子にもてる条件はほぼ持っているでしょう。
性格はアレですが。
「メイドの間では不公平や不満が出ないように新人が来たらその子が作って渡すことになっているんです」
つまり抜け駆けが出来ないように、という事のようです。
海馬家のしきたりだかなんだか知りませんがそれは別にかまいません。
遊戯が問題としたいのは何故男だとわかっているのに自分たちにバレンタインチョコなど作らせようとするか、なのです。
海馬邸の人々はご主人様の影響かちょっと非常識なところがあるようです。
「ばれんたいんってなんだ、相棒」
黙って聞いていた<遊戯>が訊いてきました。
「ええと女の子が男の子にチョコレートを渡す日、だよ」
「チョコを?」
女の子が、のところに注目して欲しいのに<遊戯>はそこはさらりと流してくれました。
「ホントは違うんだろうけど・・日本じゃそうなってるんだ」
ふうん、とわかったような、わからないような声で返事をしていた<遊戯>はそこでようやく問題点に気が付いたようです。
「それで何でオレ達が海馬にチョコをやんなきゃなんないんだ?」
王様は人の話を聞いていなかったようでした。
まあ非常に抵抗はありましたがこれもお仕事だと言われればやるしかありません。
何しろ遊戯と<遊戯>は庶民には想像もつかないほど0の数がたくさんついた高価な壺やら花瓶やら皿やらカップやらといった、陶器漆器ガラス製品はもちろん、壁に傷をつけてしまったり水彩画に水をかけてしまったりカーテンを破いてみたり、バイトに来ているというより破壊に来ているのではないかと思うほど海馬邸に被害をもたらしているのです。
弁償しろ、と言われたら100年かかっても無理だと思われます。
幸いにして主人である瀬人がそういったものに興味を示さない性質であったのでそんなことは言われませんでしたが。
レアカードを駄目にしたら言われたでしょうけど。
とにかくたまには真面目に且つ、まともに仕事をしなければなりません。
いや遊戯はいつも真面目なのですが実績が伴わないのです。
千年アイテムについてまったく有力な情報が得られていない今、クビになるわけにはいかないのでした。
遊戯がこんなに真剣に取り組んでいるというのに<遊戯>の態度は少し不真面目でした。
手だけはちゃんと動いていますが。
「唐辛子を入れてやろうぜ!」
卵白と卵黄をわけながら、さも名案を思いついた、とでもいうようにそんなことを言っています。
「あのねぇ・・もう一人のボク」
そんな<遊戯>の様子に遊戯はひとつため息をつきました。
「唐辛子の入ったチョコレートケーキってホントにあるんだよ。TVでやってたし」
本当にクリスマス時期にそういうケーキがあるという話題をテレビでやっていたのです。
レポーターは結構美味しいと言っていました。
遊戯は食べたくありませんが。
丁度そのTVを遊戯が見ている時にパズルの中で寝こけていたらしい<遊戯>は心底驚いたように言いました。
「嫌がらせじゃなく入ってるのか?」
遊戯は頭が痛くなりました。
王様は嫌がらせでいれてやる気満々だったのです。
「唐辛子が駄目ならいっそのことクリボー型にしてやろうぜ!」
・・・それも瀬人は相当嫌がるでしょう。
もう一人のボクってば自分の立場わかってるのかなぁ?
今は2人ともこの家のメイドなのです。
瀬人はご主人様なのです。
しかし王様は何処まで行っても王様のようでした。
ふと気が付くとその王様が作業の手を休めてこちらを見ています。
「何?」
遊戯が視線に気が付いて問い掛けると<遊戯>はにやり、と笑いました。
これはヨクナイコトを考えているときの笑い方です。
「相棒」
<遊戯>の手が伸びてきて遊戯の顎をそっと捕らえました。
遊戯は<遊戯>の紅い眼から目を離すことが出来ません。
「ほっぺたにチョコがついてるぜ」
そう言って<遊戯>は遊戯の頬をぺろり、と舐めました。
「・・・・!!」
遊戯は驚いて後ろに跳び退りました。
その拍子に持っていたボウルが手から離れて床に落ちました。
中に入っていたチョコレートが床と遊戯たちのメイド服を汚します。
顔が熱くなるのが自分でわかってしまって遊戯はそれどころではありませんでした。
<遊戯>がまだ自分を見ているのに耐えられずさらに後ろに下がります。
すぐ後ろは作業台でした。
遊戯がぶつかったので作業台からさっきまでチョコを刻んでいたまな板や包丁、その他広げていたケーキの本や無塩バターなどが次々と床に落下します。
仕上げにふるいにかけておいた粉が宙を舞って当たり一面真っ白になってしまいました。
ああ今日こそはきちんと職務を全うしようと思っていたのに。
遊戯はがっくりと肩を落としました。
でも今日はまだいいほうです。
せっかく解かしたチョコやケーキの材料はあらかた駄目になってしまいましたが壊したものはありません。
床と服は汚れてしまいましたが金額的にはそれほど被害は深刻でないと言えました。
いつもと比べれば。
よし、と遊戯が気を取り直したとき第三者の声がしました。
「・・・何をしている」
呆れたようなその声はこの家の主人で遊戯の同級生のものでした。
「海馬くん」
帰ってきたらがしゃん、とすごい音がしたので覗いてみたようです。
瀬人は慌てる遊戯と散らかった床の惨状を見てだいたいの状況を悟ったようでした。
軽くため息をつくと遊戯に近づきます。
さすがにこう失敗ばかりしていては怒られるのかと遊戯は緊張しました。
けれど瀬人は遊戯をひょい、と抱えあげたのです。
お姫様抱っこです。
「わわっ。海馬くん!何っ?!」
突然のことに焦った遊戯は暴れましたが瀬人はすまして言いました。
「さっさと風呂に入って着替えろ」
「え、でも、ココ掃除しないと」
「そんな格好で掃除をしたらやった傍からまた汚すだろう、お前は」
確かにそうかも知れません。
スカートになれていない遊戯は裾を壁などに擦っていても気が付かないことが多いからです。
実際作業台の側面にすでにスカートの汚れを付けてしまっていました。
しかし遊戯を抱き上げたら瀬人の服も汚れるのではないでしょうか。
その辺はまあ気にしないでやってください。
瀬人が好きでやっていることなので。
「相棒を離せっ!」
<遊戯>がチョコだらけの靴で瀬人に蹴りを入れようとしましたがさっと避けられてしまいました。
チョコで滑って上手くいきません。
しかし蹴りとは。
やはり<遊戯>は瀬人がご主人様であると理解していないようです。
「貴様もそこを簡単でいいから片付けたら風呂に入れ」
そう言い捨てると瀬人は遊戯をお姫様抱っこしたまま退場してしまいました。
<遊戯>は鳶が油揚げをさらわれた時のようにしばらく呆然としていましたが、やおらものすごい勢いで床を片付けました。
ざっとではありますが電光石火の早業です。
もちろん遊戯と一緒にお風呂に入るためでした。
当然のことですが普段遊戯はお風呂に入るときはパズルを外していましたから。
この家で風呂に入ることなど今までありませんでしたし、こんなチャンスは2度とないかもしれません。
廊下を走る<遊戯>がうきうきと大変楽しそうに見えるのは気のせいでしょうか。
しかし数分後、シャワーを壊して水が止まらなくなり海馬邸は再び大騒ぎとなるのでした。
今回は被害総額はそれほどではありませんが水浸しになった床の後始末がとても大変だった模様です。
END
唐辛子入りのチョコケーキはホントにTVでやってました。
王様のブラン○で(^_^)
2003.02.14