月の綺麗な晩だった。
何処からか歌が聞こえる。
その歌を辿っていくと、見知った憎い猫が居た。
実際憎んでいた筈だった。
コイツのしたことは許せないと思っている。
けれどそれはもう今となってはどうでもいいことのようにも思える。
あれきり顔を見せなくて少し寂しいと思っていたのも事実なのだから。
Wはどうやって上ったのやら街灯の上で鼻歌を歌っている。
ナントカと煙は高い所に登る。
思わずそんなことを思ってしまった。
月夜の猫は此方がそんな失礼なことを考えているとは思っていないのだろう、目を細めて笑った。
「こんばんは、凌牙」
「月が綺麗ですね」
月が綺麗ですね。
思わずその言葉を頭の中で繰り返してしまった。
「……お前意味わかってんのかよ」
「は?意味?」
凌牙が何を言い出したのか分からない、といったカンジでWは首を傾げた。
月が綺麗だと、事実をありのまま、挨拶代りに言っただけにすぎないのだろう。
そういえばトロンは、コイツの父親は科学者だったとか、そんなことを聞いたような気がする。
コイツもどちらかというと理数系なんだろうか。
理数系と文科系の脳は考え方がまるで違うんだと聞いたことがある。
月が綺麗ですね。
昔の文豪がI love you をそう訳したんだそうだ。
愛してるなんて言うよりずっといい。
解りやすいようでわかりにくい。
知らなければ絶対に伝わらないであろう愛の言葉。
捻くれ者が告げる告白にぴったりだ。
凌牙も勿論意味を素直にWに教えてやる気なんか無かった。
だから凌牙は、訳が解らないと言った風のWににやりと笑ってこう言った。
「ググれカス」
END