「んじゃファンサービスに出掛けるとしますか」
ソファで本のページを捲るXは顔を上げもしなかった。
それがWの気に触ったようだ。
ソファをガン、と蹴飛ばして、その片足をソファに乗せたまま、WはXの顔を覗き込んだ。
「可愛い弟が働きに行くってのに行ってらっしゃいの一言もない訳かよ」
次兄がこうやって長兄に絡むのは良くあることだ。
要するに構って欲しくて駄々を捏ねているのだ、と思う。
また喧嘩になるのではないかとVはハラハラしながら二人を見つめた。
Xがぐい、とWの髪を引く。
不意をつかれて更に近づいた唇に、その唇で触れた。
「行っておいで、W」
そして微笑んだ。
「……っ!!」
顔を赤くしたWは何も言わずに部屋を出て乱暴にドアを閉めた。
何事もなかったかのようにXは読書に戻る。
さすがX兄サマ、とVは感心した。
『髪を引く』『キスする』『笑う』
たったこれだけの動作でWを黙らせた。
それはWの性格を知り尽くしているから、と言うことだろう。
扱い方など心得ている、と言ったところか。
*
極東チャンピオンである次兄はインタビューに愛想良く答えている。
その姿は普段の兄とまるで違う、と思う。
少なくともついさっき長兄相手に駄々を捏ねていた人物と同じとは思えない。
猫を被っている。
その姿は心から楽しんでいるかのように見えるけれど。
一人、表舞台に立つ兄に重い荷物を背負わせているようで胸が痛くなる。
「その猫、重くないですか?」
「あぁ?」
問うとWは語尾を釣り上げた。
それからVの言わんとしていることを察してにやりと笑う。
その笑みでさえ先ほどとはまるで違う。
「民衆は虚像を愛するモノなんだよ」
自分自身で作り上げた、思い込みと妄想。
其れを愛し慈しみ大切に育てあげていく。
其れがまるで本当の姿と違うものであっても。
「ボクには理解できません」
「気に入らねえみたいだな」
じゃあこれならどうだ、と兄は笑う。
「オレの本当の姿はお前達だけが知ってればいい」
それならば、いい。
そう思ってしまう。
次兄も自分の扱い方を良く知っている。
END