遊アス遊
「あちー」
学校から帰ってきてまっすぐ台所に向かい、冷蔵庫の中を覗く。
最近の遊馬の行動パターンは必ずと言っていいほどこのパターンだ。
中から取り出すものは冷えたジュースだったり、水だったり、冷凍庫からアイスを出して食べたり、色々だ。
そんな遊馬を見ながらアストラルが質問してきた。
『何故いつもその箱を開けるのだ』
「箱?…ああ冷蔵庫な」
だってこの暑さだぜ、冷たいもん身体に入れなきゃ茹だっちまうだろ。
遊馬の主張は残念ながらアストラルにはピンとこなかったようだ。
『人間は暑いと茹だるものなのか。…記憶しておこう』
「いやたとえだってば」
そもそもアストラルにはこの暑さも関係ないようである。
涼しい顔をしてぷかぷか浮いている。
涼しい顔、とはまあ比喩だが、実際本当に涼しそうだ。
青っぽいし。
寒色系の色は涼しそうに見えるって聞いたことがある気がする。
「お前はいいよな〜なんか涼しそうで」
『そうか』
「触ってもいい?」
なんか手を突っ込んだら冷たくて気持ち良さそうな気がした。
わきわきと手を動かしてアストラルに迫る。
アストラルは猫と遭遇した時のように後退さった。
滅多なことでは見せないアストラルの表情が可笑しくて遊馬は調子に乗る。
「おりゃあ!…っとと」
掛け声と共に突っ込んで、アストラルを突き抜けてしまった。
勢い余って壁にぶつかりそうになる。
『大丈夫か、遊馬』
「ああ、うん…大丈夫」
アストラルは何時ものように自分よりも少し上に浮かんだ状態で此方を見ている。
この間変な占い師とのデュエルの時、皆にもアストラルが見えた。
でもいくら見える様になったって、やっぱりアストラルには触れない。
触れることは出来ないのだ。
そう思うと何だか落ち込んだ。
「遊馬、帰ったのかえ?」
「祖母ちゃん、ただいま!…其れ何?」
自室から顔を出した祖母の春が持っていた物を指して遊馬は聞いた。
「風鈴じゃよ。涼しげでいいじゃろ」
「あ、オレやるよ祖母ちゃん」
リビングの窓の外にぶら下げようとするのを慌てて手伝う。
軒先に吊るした風鈴は風を受けてチリンと音を立てた。
確かに涼しげだ。
「風が吹いてる、ってカンジするね」
「そうじゃろう」
アストラルは毎度のことながら初めて見るものに興味を示している。
『風鈴とはなんだ、遊馬』
「風鈴つーのはこのひらひらしたトコに風を受けて、此処がこっちに当たると鳴るもんだよ。夏場、此れが鳴るとなんか涼しい気分になるの」
部品を指差して説明してやる。
アストラルにはやっぱりよくわからなかったようだ。
『涼しいのか、此れが』
「そんな気分を楽しむものなんだって」
遊馬の言葉に納得したのかしないのか、アストラルは風鈴が揺れるのを眺めている。
風鈴。
まあようするにアストラルは風鈴と同じようなものなのだ、と思った。
風鈴は音を聞いて涼しい気分を味わうものだけれど、アストラルはその色を見てなんか涼しそう、と思うものなのだ。
観葉植物のようなものだ。
触れない、けれど。
その事実は何故かちくちくと遊馬の心を刺激する。
『遊馬、私はこの音を聞いても特に涼しいとは感じない。人間は変わっているな』
「だから〜何となくそう思って楽しむものなんだってば!フーリューって奴なんだよ」
何度説明してもわかんねえ奴だなあ。
そうブツブツ言いながらも遊馬は何時もの調子を取り戻していく。
アストラルの音は風鈴と違って相変わらず五月蠅い。
全然涼しくなんか感じられない。
それでもその音は、遊馬の心をちくちくと指すトゲを抜く効果を持っているのだ。
END