翌朝、妙な物音で瀬人は目を覚ましました。
ぱり、とか。
こつん、とか。
何かがごそごそ動く音です。
耳元で聞こえるその音の方に目を向けると例の卵が孵っていました。
中のモノが卵の殻から出てくる音だったのです。
ソレは頭から自分の卵の殻を被っていました。
そのため顔は見えません。
殻から出ている手足はりかちゃん人形や、バービー人形よりやや大きい程度。
そしてその背中には鳥のような羽が生えていました。
真っ白な羽が。
大きさこそ手乗りサイズでしたが世間でよく描かれる天使の絵に良く似た容姿をしています。
そしてそれはぱたぱたと手を動かしているのでした。
確かにこの卵から天使のような姿をした生き物が生まれたのです。
モクバは幸いまだよく寝ています。
今なら孵らなかったことにして捨てることも可能です。
いろいろ後ろめたいこともしてきた瀬人はやっぱりこの生物が信用できませんでした。
誰か自分に恨みを持つものが何か企んで送ってきたのだと思っているのです。
瀬人はじたばたしている天使を観察しました。
燃えるゴミでだしても大丈夫でしょうか。
それとも不燃物?
そうやってよく見るとどうもこの天使は自分の頭の上の殻がどかせなくてもがいているらしいということがわかりました。
・・・鈍くさそうだ。
瀬人はそう思いました。
殻は生ゴミだから燃えるゴミでOKでしょう。
そこで瀬人は殻を指でつまんでどけてやりました。
別に天使のためではなかったのですが。
頭上から突然障害物が無くなった天使は驚いたようで目をぱちくりさせました。
大きな目です。
髪の毛はあちこち向いている上にヘンな色をしています。
瀬人がその妙な生き物を観察していると天使はきょろきょろ辺りを見回して殻をどけてくれた人物を発見しました。
そして瀬人を見上げてにこっと笑ったのです。
嬉しそうに。
瀬人はうろたえました。
自分でも何故だかわかりませんでした。
捨ててしまおうとか思っていたせいかもしれません。
でも普段瀬人はそんなことでは動揺などしないのです。
もっとひどいことを考えていたことが当人にばれても平気でしたし、実行に移したりもしてきました。
それなのにどうしてなのか瀬人にはどうしてもわかりませんでした。
その笑みに見とれていたのかもしれません。
瀬人はモクバが起きたことに気がつきませんでした。
「あ、孵ってる!!」
モクバの嬉しそうな声が響いて瀬人は内心飛び上がるほどびっくりしました。
「カワイイね!兄サマ」
モクバは天使を手のひらの上に乗せて頬擦りするような仕草をしました。
同意を求められて瀬人は困りました。
可愛かろうがなんだろうが役に立たないものは要りません。
要らないはずです。
天使はモクバに向かってにこにこと笑っています。
モクバも楽しそうです。
とりあえず害はないようだし。
瀬人は考えました。
しばらく置いてやって様子をみても大丈夫かもしれない。
誰が送ってきたのか調べる必要もあります。
さっきまで捨てるつもりだったのに、自分に一生懸命言い訳をしているようで瀬人はちょっと嫌な気分になりました。
「そいつの世話はしばらくお前に任す」
瀬人はモクバに言いました。
でもすぐに弟にダメだしされました。
「ダメだよ、兄サマ。こいつ親からしか餌食べないんだから」
「何だと?」
瀬人は眉根を寄せてモクバを見ました。
「鳥の雛と一緒で最初に見た人を親だと思うんだって。説明書に書いてあったよ」
「オレは忙しい」
しかし瀬人はモクバの言うことなど簡単に却下すると会社に出かけてしまいました。
逃げ出したようで、益々不機嫌になりながら。
***
瀬人が会社に行ってしまってモクバは途方にくれました。
天使の朝ご飯くらいあげてから行ってくれればいいのに。
忙しいのはわかりますがちょっと恨めしい気持ちです。
天使はモクバの手の中でそれとわかるほどしゅんとしていました。
モクバは自分が悪いわけではなかったのですが、なんだか申し訳ないような気分でした。どうしたらいいかわかりません。
取り扱い説明書には食事は親からしか食べないと書いてあったのですがモクバは一応試してみることにしました。
瀬人のあの様子では世話してくれるように思えなかったからです。
メイドに温めたミルクを用意してもらったモクバは天使の前に差し出しました。
しかし天使は悲しそうな顔をして俯いているばかりです。
やはり瀬人の手からでないと食事はとらないようです。
モクバはため息をつきました。
天使はしょんぼりと座っています。
小鳥と同じで最初に見たものを親だと思ってしまうのです。
天使にとっては瀬人が親なのでした。
それなのに瀬人は食事も与えずに会社に行ってしまいました。
天使があまりに悲しそうなのでモクバはすっかり可哀相になってしまいました。
親に、捨てられたと思っているのかもしれない。
モクバはそう思いました。
モクバと瀬人は海馬家に養子としてもらわれてくるまで施設で暮らしていました。
もちろん捨てられたわけではなく両親とは死別でしたが、親のいる子を羨ましく思ったりしたものです。
新しい「お父さん」はふたりを本当の子供のように愛してくれたわけではありませんでした。
ただ優秀な後継ぎを作りたかっただけだったのです。
でもモクバには瀬人がいました。
瀬人はモクバを守ってくれました。
だけど天使には誰もいません。
「よし」
モクバは今日は学校をサボる決心をしました。
天使に話し掛けます。
「大丈夫、オレが兄サマのところへ連れてってやるぜ」
モクバは天使の兄弟代わりになってやることにしたのです。
責任を持って親のところまで連れて行ってやることにしました。
天使は言ったことがわかったのか小首を傾げてモクバを見上げました。
続く
ぱり、とか。
こつん、とか。
何かがごそごそ動く音です。
耳元で聞こえるその音の方に目を向けると例の卵が孵っていました。
中のモノが卵の殻から出てくる音だったのです。
ソレは頭から自分の卵の殻を被っていました。
そのため顔は見えません。
殻から出ている手足はりかちゃん人形や、バービー人形よりやや大きい程度。
そしてその背中には鳥のような羽が生えていました。
真っ白な羽が。
大きさこそ手乗りサイズでしたが世間でよく描かれる天使の絵に良く似た容姿をしています。
そしてそれはぱたぱたと手を動かしているのでした。
確かにこの卵から天使のような姿をした生き物が生まれたのです。
モクバは幸いまだよく寝ています。
今なら孵らなかったことにして捨てることも可能です。
いろいろ後ろめたいこともしてきた瀬人はやっぱりこの生物が信用できませんでした。
誰か自分に恨みを持つものが何か企んで送ってきたのだと思っているのです。
瀬人はじたばたしている天使を観察しました。
燃えるゴミでだしても大丈夫でしょうか。
それとも不燃物?
そうやってよく見るとどうもこの天使は自分の頭の上の殻がどかせなくてもがいているらしいということがわかりました。
・・・鈍くさそうだ。
瀬人はそう思いました。
殻は生ゴミだから燃えるゴミでOKでしょう。
そこで瀬人は殻を指でつまんでどけてやりました。
別に天使のためではなかったのですが。
頭上から突然障害物が無くなった天使は驚いたようで目をぱちくりさせました。
大きな目です。
髪の毛はあちこち向いている上にヘンな色をしています。
瀬人がその妙な生き物を観察していると天使はきょろきょろ辺りを見回して殻をどけてくれた人物を発見しました。
そして瀬人を見上げてにこっと笑ったのです。
嬉しそうに。
瀬人はうろたえました。
自分でも何故だかわかりませんでした。
捨ててしまおうとか思っていたせいかもしれません。
でも普段瀬人はそんなことでは動揺などしないのです。
もっとひどいことを考えていたことが当人にばれても平気でしたし、実行に移したりもしてきました。
それなのにどうしてなのか瀬人にはどうしてもわかりませんでした。
その笑みに見とれていたのかもしれません。
瀬人はモクバが起きたことに気がつきませんでした。
「あ、孵ってる!!」
モクバの嬉しそうな声が響いて瀬人は内心飛び上がるほどびっくりしました。
「カワイイね!兄サマ」
モクバは天使を手のひらの上に乗せて頬擦りするような仕草をしました。
同意を求められて瀬人は困りました。
可愛かろうがなんだろうが役に立たないものは要りません。
要らないはずです。
天使はモクバに向かってにこにこと笑っています。
モクバも楽しそうです。
とりあえず害はないようだし。
瀬人は考えました。
しばらく置いてやって様子をみても大丈夫かもしれない。
誰が送ってきたのか調べる必要もあります。
さっきまで捨てるつもりだったのに、自分に一生懸命言い訳をしているようで瀬人はちょっと嫌な気分になりました。
「そいつの世話はしばらくお前に任す」
瀬人はモクバに言いました。
でもすぐに弟にダメだしされました。
「ダメだよ、兄サマ。こいつ親からしか餌食べないんだから」
「何だと?」
瀬人は眉根を寄せてモクバを見ました。
「鳥の雛と一緒で最初に見た人を親だと思うんだって。説明書に書いてあったよ」
「オレは忙しい」
しかし瀬人はモクバの言うことなど簡単に却下すると会社に出かけてしまいました。
逃げ出したようで、益々不機嫌になりながら。
***
瀬人が会社に行ってしまってモクバは途方にくれました。
天使の朝ご飯くらいあげてから行ってくれればいいのに。
忙しいのはわかりますがちょっと恨めしい気持ちです。
天使はモクバの手の中でそれとわかるほどしゅんとしていました。
モクバは自分が悪いわけではなかったのですが、なんだか申し訳ないような気分でした。どうしたらいいかわかりません。
取り扱い説明書には食事は親からしか食べないと書いてあったのですがモクバは一応試してみることにしました。
瀬人のあの様子では世話してくれるように思えなかったからです。
メイドに温めたミルクを用意してもらったモクバは天使の前に差し出しました。
しかし天使は悲しそうな顔をして俯いているばかりです。
やはり瀬人の手からでないと食事はとらないようです。
モクバはため息をつきました。
天使はしょんぼりと座っています。
小鳥と同じで最初に見たものを親だと思ってしまうのです。
天使にとっては瀬人が親なのでした。
それなのに瀬人は食事も与えずに会社に行ってしまいました。
天使があまりに悲しそうなのでモクバはすっかり可哀相になってしまいました。
親に、捨てられたと思っているのかもしれない。
モクバはそう思いました。
モクバと瀬人は海馬家に養子としてもらわれてくるまで施設で暮らしていました。
もちろん捨てられたわけではなく両親とは死別でしたが、親のいる子を羨ましく思ったりしたものです。
新しい「お父さん」はふたりを本当の子供のように愛してくれたわけではありませんでした。
ただ優秀な後継ぎを作りたかっただけだったのです。
でもモクバには瀬人がいました。
瀬人はモクバを守ってくれました。
だけど天使には誰もいません。
「よし」
モクバは今日は学校をサボる決心をしました。
天使に話し掛けます。
「大丈夫、オレが兄サマのところへ連れてってやるぜ」
モクバは天使の兄弟代わりになってやることにしたのです。
責任を持って親のところまで連れて行ってやることにしました。
天使は言ったことがわかったのか小首を傾げてモクバを見上げました。
続く